言いだしっぺの裕也がバイク事故を起こして大腿骨を折ったのは、キャンプの五日前だった。裕 也がキャンプに参加できないのは明らかで、中止にするかどうか残りの四人――綾、真奈美、謙吾、 翔の四人――で揉めた。翔は決行を求めたが、それより強く謙吾は中止を主張した。別にキャンセ ル料をとられるわけでもなし、では中止に、という空気になったところでの、真奈美の一言は結論 を変えた。 「綾は裕也クンがいないとつまんないもんね」 「へ、なんであたし?」 「またまた。隠さなくても」 「別に裕也と行きたいわけじゃないよ。いいよじゃあ裕也抜きでも行こうよ」 「無理しなさんなって」 「真奈美と二人でだって行きたいって」 「そうする? 二人で行く?」  ニヤニヤ聞いていた翔の目つきが変わった。 「真奈美ちゃぁん。そりゃないよ。俺も連れてってよ」 「翔と三人じゃあたし居場所ないじゃん。どうせ二人でチュッチュするんでしょ」 「なるほど。謙吾お前も来い。俺、真奈美ちゃんとチュッチュしたい」 「俺は数合わせかよ。でも裕也がなんて思うかなあ」 「これは別の集まりで、裕也込みのキャンプは延期ってことで。な」 「うーん」  気乗りしない結論になったことを、入院中の友人にどう伝えるべきか考え、謙吾は気を重くした。  一ヶ月経っても、裕也の退院の目処は立たなかった。四人の友人は代わる代わる見舞いに来た。 キャンプの決行を裕也がなじるような事はなかったし、むしろ朗らかに、気にかけさせたことを謝 りもした。しかしあれから――入院してからではない、キャンプからだ――友人達との関係に変化 があったように彼は感じ、訪問を受けることが徐々に億劫になってきていた。綾と謙吾が見舞いに 来たその日、裕也は感じていたものの原因がわかった。いや、その前からわかってはいたが確信を 持った、というほうが正確だろうか。目の当たりにして認めざるを得なくなったというべきか。確 かに自分の病室なのに居場所がなかった。苛つきを隠すのに骨を折り、謙吾はそれを察した。 「俺らそろそろ行くよ」 「うん、ありがとな」  出来るだけ気さくに聞こえるよう、謙吾には答えた。しかし。 「早く治るよう祈ってるね」 「それは別にいいから。無駄だし」  綾とは元から憎まれ口を叩き合う間柄だったが、どこまで乱暴な物言いをしていたか思い出せず にいた。ただ今は彼女に突っかからずにはいられなかった。 「あれ、何でそんな言い方する? 素直に受け取りなよ」 「祈るだ願うだしたって何にも変わりゃしないよ」 「変わらないのは裕也の祈り方が足りないからじゃないの? その分あたしが補填しようってのよ。 感謝してよ」 「あのな、祈るだけでなんでも丸く収まるならそもそも事故らないしDEXIAは破綻しないし原発だっ て爆発しないんだよ」 「事故の心配すらしてなかったくせに。あと、デク……シ?はなんだか知らないけど、原発は爆発 しませんようにって真剣に祈ってた人がいなかったんじゃない? あれは想定外だもん」 「少なくとも今年一年平和に暮らせるようにって正月祈ったやつはいるだろうよ」 「じゃあ祈ってなければもっとひどいことになったかも」  裕也はゆっくり瞬きをしながら視線をはずし、頭を枕にうずめた。ごくかすかに鈴の音がした。 「お前、バカだろ」 「は? そういう話の打ち切り方ってなくない?」 「疲れたろ、裕也」謙吾が割ってはいる。けれど綾は気が収まらなかった。 「裕也こそバカじゃん」  謙吾が二の腕に触れて綾を制した。「また来るよ」 「おう、またな、謙吾」 「あたしは来ないかも」 「来るな。もう来るな来るな」半ば本気だった。 「言われなくても」  裕也が慌てて突っ込んだために隠しきれていない、枕の下のごく小さな包みに、綾は気付いた。 汚れているが大社の鈴を包んだ縁結び守りに違いなかった。綾も同じものを持っていた。謙吾と揃 いで。だから祈り方が足りないんだっていうのに、と綾は小さくひとりごちた。 おわり