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未成年の主張 (Res:10)

1 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 0/6 ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 22:55 ID:jew3hiJ.
長編作品を6レス投下します。

タイトル:未成年の主張
お題  :平手打ち
投下レス数:6レス

2 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 1/6 ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 22:56 ID:jew3hiJ.
 学校の屋上に立つのは初めての事だった。
 文化祭で色とりどりの装飾が施された学校は、俯瞰で眺める事でより一層と見慣れない
景色に変わって見えた。目下にはイベントの為に集まった生徒が姦しく騒ぎ立てている。
僕は高鳴る胸を抑えながら、生徒の中から西村さんの姿をなんとか見つけ出した。よし
と小さなガッツポーズを取ると、しっかり仕事を果たしてくれた南原に心の中で感謝した。
 「えー、次は一年五組の北島誠君。テーマは『告白』です」
 司会の間延びした紹介を受けた僕は、銀杏臭い空気を胸いっぱいに吸い込んで、自分の
青春を全てそこに託す様に『未成年の主張』を思いっきり叫んだ。
 「今日、僕は、好きな人に、告白しようと思います!」
 下の生徒が黄色い歓声を響かせる。その空気に圧されて僕の気分はさらに高揚した。
「同じテニス部の、西村沙織さん!」
 会場がざわついた、特にテニス部の連中が気が狂った様に囃し立てる。西村さんは驚き
動揺している様子だった。あと少しだ。
「僕と、付き合ってください!」
 決まった。会場の熱気は最高潮に達し、西村さんの返事を今か今かと待ち侘びる。僕は
この空気ならば絶対にOKを貰えるだろうと妙な確信を持った。しかし、西村さんを含むグ
ループには不穏な空気がありありと見える。
 西村さんは、泣いていた。そして、それは明らかに嬉し涙ではない。周りの女の子は西村
さんを懸命にあやしたり、会場の空気を揉み消そうと必死になって叫んでいた。
「北島、降りろ!」
「ふざけんなよ!」
「マジ最低!」
 会場はその異様な空気を察して、黄色い歓声が次第に戸惑いの色へと変わっていった。
予想外のその光景を前にして、僕は頭を真っ白にして、屋上の舞台でただただ立ち尽くす
しかなかった。
「えぇ……北島君、残念でした。次の『主張』があるので舞台から降りてください」
 相変わらず間延びとした司会の声で我に帰り、僕は逃げるようにして舞台を降りた。

 急いで屋上から下ってくると、わざわざ走り回る事もなく西村さんを見つける事が出来た。
会場の外れに集う西村さんを囲むグループは、遠目から見ても一瞬で分かってしまえる程
に陰々滅々とした空気を発している。出来れば何もかもを忘れて家に帰ってしまいたかった
が、そのグループの一人が僕に手招きをしているのが見えてしまった。その顔には明らかな
怒気が含まれている。僕はこれから起こる事態を想像すると、さっきの高揚した気分が嘘の
様に、どうしようもなく暗い気分に陥った。
 断腸の思いでその一角へ近づいていくと、火蓋が落とされたかの様に沢山の罵詈雑言が
飛んできた。さっきよりもグループの人数が増えているのは気のせいだろうか。とにかく集結
された女子からの罵声というのは、腹の奥深くから歪な刃物でしつこく抉る様に、鋭く、そして
鈍い痛みがある。僕にはそれらに対し言い訳や反論をする権利が無いらしくて、四方八方か
らひたすら言葉のリンチを受け続ける事になった。
 黙々と罵声に耐えていると、輪の中心から涙で顔を酷く歪ませた女の子が出てきた。それ
が西村さんだと気付くのに数瞬の間が必要だった。普段は大人しく温厚なはずの西村さん
は、すっかり別人になったかの様に、激しい形相で僕を睨み付けると
「最低」
と、ハッキリした拒絶を含んで吐き捨てた。
僕は実際に平手打ちを食らったかの様によろめいてしまった。多くの罵詈雑言で受けた傷
を打ち貫いて、その一言だけは胸の奥深くにまで鋭く突き刺さる。
 そしてその激しい衝撃が、これがどうしようもなく現実に起きている事だと改めて思い知らせ
てくれた。
 西村さんはそれ以上は何も言わず走り去っていった。彼女に群がる有象無象は去り際にも
暴言を残しながら、スイミーの様に群れを成して彼女を追いかけていく。わざわざ尻に蹴りを
入れていく猛者までいた。もう泣きたいのは僕のほうだった。
 呆然と立ち尽くしていると、モデルの様に背が高く、整った顔立ちを持った女生徒が近づいて
きた。女子テニス部の部長を務める一学年上の東條さんだ。
これまでテニス部の中で何度か顔を合わせてきたが、ここで見せる彼女の表情というのは
初めて目にする無表情だった。その透明な表情の奥には、微かな怒気が透けて見える様に感じられた。
「キミ、ちょっといい?」
 僕はそれに頷いてついて行くしかなかった。

3 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 2/6 ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:00 ID:jew3hiJ.
この学校は近年、必要以上の設備をふんだんに整えた新しい校舎が設立された。そして、
古くなった校舎は自然と旧校舎と呼ばれるようになり、人気もすっかり無くなってしまった。
今日の文化祭でも、殆どのイベントは新校舎で行われ、旧校舎では粛々と展覧会が開か
れているだけなので、やはり訪れる人は滅法に少ない。
東條さんはあれから一言も喋らずに旧校舎の内部へ突き進んでいった。僕もそれに従っ
て後に続く。
こうして黙々と歩いていると、ショックによってすっかり停止していた思考が、ゆっくりと働く
ようになってきた。
一体、どうして告白しただけでこうも酷い状況になったのだろうか。そして、僕はこれからど
うなってしまうのだろうか。やはり、頭が動き出しても現状を上手く掴む事が出来ず、ただ混
乱してしまうばかりであった。
やがて、東條さんは『未来妄想科学部』と謎の表札がある教室を無遠慮に開けて、中に侵
入していった。
「入って」
本当に入っていいものか少し戸惑ったが、入り口の脇で東條さんが僕を待っているものだ
から、やはり教室に入るしかなかった。僕が教室に入り数歩進むと、東條さんはドアを閉め
鍵を掛けた。
教室には不規則に並べられた机と椅子が数脚あるだけで、実に殺風景であった。東條さ
んは近くにあった机に腰をかけ、足を組む。
「まぁ適当に座って。ここ、もう使われてない教室だから」
はぁ、と相槌を打って、適当に目に付いた椅子に座る。座った途端に、今まで凝り固まった
ものがドッと融解されて、全身に流れていくのを感じた。いつの間にか、僕はすっかりくたび
れていた様であった。
東條さんは伏し目がちに教室の角を見つめていた。窓から入ってくる陽光が、東條さんの
長い黒髪にかかって暖かい輝きを魅せる。かつて殺風景に見えたこの教室は、東條さんが
ただそこに居るだけで、青春の残光を描く美しい絵画の様に変容して見える。
「それで」
ハッと我に返る。一瞬だが、ここに呼び出された原因を忘れてしまっていた。
「あの告白は、自主的にした事なの?」
思考を正し、間違いの無い解答をする様に心掛ける。
「いえ……友人に、主に南原君から激しく薦められて」
南原、という言葉を出した時に、東條さんは明らかに顔をしかめた。しかし、少し間を置いて
もそれ以上の反応がなかったので、僕はそのまま続けることにした。
「少し前、テニス部の連中で集まっている時に、話の流れで好きな女の子を話す事になった
んです。その時に、僕が西村さんの事を気になっているのを話したら『未成年の主張』でコク
れって事になってしまって……」
「例の噂、信じてやったんだ」
「……そうです」
『未成年の主張』というのは、学校の屋上から下に集まった生徒に向かって、肉声のみで何
かしらの主張を叫ぶという、昔のテレビ番組にあった一つのイベントである。
そのイベントが流行った頃から、この学校の文化祭でもそれの模倣が行われるようになり
やがてそれが一種の伝統となって今現在も受け継がれるようになった。
そして、その『未成年の主張』で愛の告白をすると、それは必ず成就されるという噂もまた伝
承されていた。今回、僕が西村さんに告白したのはそういった事情があったからである。
「その後、それで結ばれた人達はすぐに別れるって話は知ってる?」
「え、そうなんですか?」
「うん。だってその場のノリでOKしちゃったり、そう言わざる得ない人って結構多いから。後に
なって断る人もよくいるのよ」
確かにその通りなのかもしれなかった。先程の会場の熱気を思えば、そういう返事の仕方を
する心情にも納得がいく。もし、僕がその立場であったのならば、恐らく深く考えずに告白の返
事をしていたと思う。或いは、快諾の返事をせざる得ない事もあったかもしれない。
「それにね、ああやって告白される方も色々と困るの。例えば、あんな形で告白されてしまっ
たら、しばらく嫌な形で目立ってしまうのよ。気にし過ぎって言われちゃったらそれまでだけどね。
でも、そういう事にデリケートな人だっているのよ」
そこで一旦言葉を切ると、東條さんは初めて僕と眼を合わせた。
「キミは、西村さんの気持ち、ちゃんと考えてた?」
稲妻に射抜かれた様に、全身の血流が一瞬で縮んだ。後悔、である。思わず手の平を自分の
額に擦り付ける。薄っすらとした脂汗が手に付着する。
僕は、西村さんの気持ちを、考えていなかった。
東條さんに言われるまでそれに気付く事が出来なかった。僕は何も言う事が出来なくて、自分
の軽率な行動にただただ深く悔いた。
東條さんは何も言わずにいた。その沈黙は冷たく突き放している様でありながら、温かく包んで
くれている様にも思えた。真意は分からない。でも、その沈黙は不思議と僕にはありがたく思えた。

4 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 3/6 ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:02 ID:jew3hiJ.
「僕は、酷い事をしました」
ぼやく様に、搾り出す様に、ようやく僕はそんな言葉を口にした。しかし、相槌の隙
も許さずに僕は言葉を続ける。
「でも、告白をする事って、こんなに責められるほど悪い事なんですかね?」
言い訳がましい自覚はあった。それでも、こんなにズタボロになって、拒絶されたま
まに引き下がってしまうのは、どうしても嫌だった。
東條さんは揺りかごに佇んでいるかの様に、体をゆっくり揺り動かした。言葉を慎重に
吟味しているらしい。
「告白する事が、悪い事だとは思わない。でも、場合によっては自分も、相手も、傷つ
けてしまう事になる。それは分かる?」
頷く。
「今回の事も、何もかも全てあなたが悪かった訳じゃない。実は、少し同情するところも
あるのよ。でもね、彼女にも彼女の事情があったの。それを知らずに、深く考えもせずに
ああいう形の告白をした事はやはりキミが悪かった。私はそう思うよ」
東條さんの言葉を、一つ一つ噛み締めた。頭越しから否定せず、ダメだった部分を教
えてくれて、そして、あの告白をほんの僅かでも許してくれた。その事が、今の僕には十
分な救いになった。
「……それで、これは私個人の疑問なのだけど」
東條さんは少し戸惑う様に、自分の唇に指を添える。
「キミは、これからも西村さんを想い続けるの?」
変な意味に取れなくもないその質問に戸惑うと、それを察した東條さんは補足を加えた。
「あぁ、私はキミ自身にはあまり興味はないの。ただ、これだけの事があっても、キミは、
というより男の子は、好きな人を想い続けるのかなって」
確かに、そうだ。僕はこれからどうするのだろう? どうしたいのだろう?
「正直……今はまだ分かりません」
僕は思うままに答える。
「ただ、西村さんには、謝れたら良いなって思います。やっぱ、彼女には悪い事をして
しまったから」
これも、本音から出た言葉だった。
「そっか、うん。悪い事じゃないよ」
そう言って、東條さんは初めて微笑みかけてくれた。その事が何故か、僕にはとても嬉
しく思えた。
「それじゃ、そろそろ戻ろうか」
そう言うと東條さんは机から降りた。絵画が殺風景へと還る。僕は若干の名残惜しさを
感じながら、続いて空き教室を後にした。

東條さんに「一緒に出ると怪しまれる」と言われたので、旧校舎の適当な所で僕らは別
れた。僕は去り際に思い切って
「また、相談に乗ってもらってもいいですか?」
と尋ねたら、東條さんは
「別にいいよ」
と微笑み返してくれた。その事が僕の心を満たし、明日へと前進する大きな勇気を与え
てくれた。味方が一人でも居てくれる事は、こんなにも心を強くさせてくれる。
僕は明日の文化祭二日目に、西村さんにちゃんと謝る事を強く決心した。

5 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 4/6 ◇MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:05 ID:jew3hiJ.
そして次の日、西村さんは欠席した。出端を挫かれ呆然としてしまうが、それより学校
を休ませてしまう程に深い傷を負わせた事に、僕は再び自身を苛んだ。
テニス部の出店の当番で女子と一緒になったが、態度が何処か余所余所しい。人に
よっては、わざと邪魔をしたり、無視を決め込んだり、隠そうともせずに陰口を囁いたりした。
僕はそれらを甘んじて受け入れる。これらは自身が起こした行動の結果であるのだと
割り切った。傲慢な発想ではあるが、償いと思って耐えたと言えなくもない。
昼休憩になり、僕は友人の南原に誘われ、装飾に彩られた校舎を二人でぶらついた。
「それにしても北島、昨日は悲惨だったな」
南原はケラケラと笑った。彼こそが告白させる様に激しく焚き付けた人間だったのだが
その割には対岸にいる様にあっけらかんとしている。僕はそれに僅かな苛立ちを感じたが
彼に八つ当たりをしたところでどうしようもないので、なんとか感情を抑えこんだ。
「ホントみんな酷いもんだよ。女子テニスの連中なんか態度がコロッと変わるしさ」
「西村はあのグループの中ではお姫様みたいに可愛がられているからな。手を出したら
やっぱそうなるぜ」
「まぁ……そうだね」
「『未成年の主張』でコクれば付き合えるって伝説も案外当てにならないもんだな、ハハハ」
その後も南原は慰める事もせず、面白がってからかう態度を取り続ける。僕はそれに笑
顔で取り繕うのが精一杯だった。結局、彼にとっては今回の告白の結果などどうでも良か
ったのだ。どちらにせよ、彼は笑う。
僕は他人の無責任な言動に振舞わされた上で、軽率だった。今回の事でそれを痛い程
に味わい、もっと自分で物事を考える事を心に決めた。
文化祭は終わりを迎えたが、再びからかわれたり余所余所しくされるのが嫌だったので
僕は打ち上げにも参加せずに真っ直ぐ家に帰る事にした。

明くる休日、朝からテニス部の練習があったので、僕は集合時間より少し早く登校した。
あわよくば西村さんと話がしたい、という気持ちがあった。
この学校の大多数の生徒は自転車で通学しており、慣れてくれば駐輪場を一目見るだ
けで、既に誰が登校しているのかが分かるようになる。
そして、今朝の閑散とした駐輪場には西村さんの白い自転車が停めてあった。僕は上
手く廻ってくれた運命に驚き、そして感謝さえした。
テニスコートや部室を一通り探し回った末に、体育教師が集う管理室の窓が開いている
のを見つけた。中から話し声が聴こえたので、僅かな罪悪感を感じながらも僕は盗聴をす
る事にした。どうやら、西村さんと、テニス部の顧問が話し合っているらしい。
「……こんな時期に辞めるなんてもったいないよ。」
「でも、決めた事なので」
「うーん、君らの年代では人間関係が複雑になるのは分かるけども……」
「すいません、もう部活には出られないんです」
「……とりあえず、退部でなくて休部扱いにするからさ、もし問題が解決したらいつでも戻っておいでよ」
「ありがとうございます」
そんな会話を聴きながら僕は、部活中に盗み見た西村さんの姿をぼんやりと思い返していた。
そのビジョンではやはり、西村さんは楽しそうな笑顔を浮かべている。
僕は、彼女が笑っていられる場所を壊す程に追い詰めてしまった。それを激しく悔やむ反面
挽回したいと強く思った。
西村さんが管理室を出た気配がした。僕はなるべく彼女を驚かせないよう、そして、逃が
さないように、管理室から駐輪場までの通り道で待ち伏せた。
畏怖や不安で激しく揺れ動く気持ちを抑え付けて、十数秒の長い時間をひたすらに待った。
やがて、西村さんが現れて僕を見つける。西村さんは豆鉄砲を食らった鳩の様に、驚きで目を丸くさせていた。
そして僕は、全身全霊の勇気を持って、西村さんに話しかける。
「びっくりさせてゴメン。少し話がしたいんだ。いいかな?」
彼女は俯いて戸惑っている様子だった。
「その……謝りたいんだ、この前の事」
やはり目も合わせてくれなかったが、僕は彼女の言葉を辛抱強く待ち続けた。
やがて、彼女は口を開き、何かを喋った。僕はそれを聴き取れたのだが、頭が追いつかなかった。
何とか笑顔を作ろうとしたが、それが逆に珍妙な表情にさせた。彼女はそれ以上何も言わずに走り去る。
僕はまた、呆然と立ち尽くした。
「駄目だったみたいだね」
背後からにゅっと東條さんが現れた。
「み、見てたんですか?」
「うん、キミが盗聴している辺りから。部長は朝が早いのよ」
僕は顔が赤くなった。しかし、数秒後にはさっきの出来事を思い出して真っ青になる。
「えっと……話、聞いてもらって良いですか?」
「良いけど、午前の練習が終った後で良い? あと、今日は部活に出れそう?」
「今から部活はちょっとキツいです……」
「分かった。そしたら旧校舎のあの教室にいると良いよ。みんなには私から病欠だと言っておいてあげる」
「すいません、助かります」
僕は人目に付かない様に、すごすごと件の空き教室へ行き、少しの間を休んだ。

6 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 5/6 ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:09 ID:jew3hiJ.
「もう話しかけないで下さい、か」
東條さんは弁当箱を突付きながら、今朝の出来事を聴いてくれた。今日はさながら面談の
様に、机と机をくっ付け合って、対面に向かいながら話をしている。
「キツいね」
「そりゃもうとても」
僕と東條さんは苦笑いを浮かべる。僕はそうするだけの冷静さは取り戻せていた。
「うーん……そうかぁ……どうしようか……」
東條さんも先日とは違って、何処か角が取れた態度で接してくれている。今はまだ小さいが
僕達は着々と信頼関係を築いていた。
「えっとね、本当は私から言ってはいけない事だと思うんだけど……」
東條さんは思い詰めたように口元を押さえ、やがて真剣な眼差しで僕を見つめ直し、喋った。
「西村さんはね、南原君の事が好きだったの」
突然の衝撃で言葉も出なかった。西村さんも人であるのだから、誰かしらを好きになるのは
理解出来る。しかし、それが拠りによって南原だとは思いもしなかったし、信じたくなかった。
「彼女、あの日は南原君に呼ばれて会場に来てたの。とても嬉しそうだった。彼女は南原君が
舞台に立って告白するものだと思ってたわ。私も彼女の周りの子達も、彼女は南原君が好き
なのを知っていたから、一緒になって南原君が出てくるのを待ってたの。でも、出てきたのはキミだった。
だから、彼女は泣いたの。だって、間接的に振られてしまったようなものだから。みんながキミを
責めるのはきっと、キミが南原君を利用して彼女を呼び出したと曲解してるからだと思う。
というよりも、誰かしら敵が欲しくてそう思っているだけなのかもしれない。」
情報の洪水だった。理解が追いつかず、瞼を瞬かせて足りない頭を必死に回転させた。
「えっと、その」
「私個人の見解だけど、実際キミはそこまで悪くは無い、かもしれない。」
東條さんは、そうハッキリと言い切った。
「……どうして、そんな事を僕に?」
「もう十分かなって思ったの」
意味が分からなかった。
「真面目な話、キミはもう西村さんに近づくことは出来ないと思う。近づくにしても、それはとても
大変な事になるよ。だから、さ。」
東條さんは躊躇いがちに、でも、しっかりと発声する。
「もう、西村さんの事、諦めていいと思うよ」

その後、僕は考えを上手くまとめる事が出来なかったので、東條さんに断って家に帰る事にした。
東條さんからメールアドレスを教えてもらったが、大した感慨も浮かんでこない。
僕は帰り道、ずっと西村さんのことばかりを考えていた。
僕と西村さんは、特に親しみも無ければ会話も数える程度にしかした事がない。元々、僕は女の
子そのものと積極的に会話する性格でないのもあった。それでも、テニス部に入部して初めて彼
女を目にした瞬間から、僕の世界は刹那にして彼女以外の全てが白く霞んで見えるようになってしまった。
単純明快な一目惚れである。それ以来、部活で遠巻きながら彼女と過ごせる時間というのが、
学校生活で最も楽しい時間となった。部活の中で、彼女の掛け声だけは耳によく届き、それは僕の神経
を優しくくすぐった。彼女が飛ばしたボールが偶然僕の足元に転がってきて、それを投げ返した日の事を
僕は忘れない。彼女が、僕に微笑んでありがとうと言ってくれたのだ。それから数日の間を僕は、天に登
るような気持ちで過ごしたものだった。今でも、その時の彼女を思い出すだけで自然と顔が綻んでしまう。
やはり僕は、彼女の事がどうしても好きだった。どんなに諦めようと思っても、僕にはそれが出来なかった。
こんなにどうしようもない状況に陥っても、彼女を嫌う事は僕には出来ない。
むしろ、ちゃんと彼女の事を一から十まで知りたくなった。きっと、僕はとんでもない大馬鹿者なのだろう。

自分の中で結論が出ても、取るべき行動が見当たらなかった。しかし、そんな状態でも休みが明けて学校が始まる。
僕は学校での他人の態度を想像すると、気分がとても重くなり滅入ってしまった。それでも、自身の
心を頑丈に拵えて、気合と根性でなんとか登校した。
教室まで至る廊下を歩いていると、反対側から西村さんが一人で歩いているのが見えた。咄嗟に喉元
まで言葉が出掛かるが、先日の事を思い出し、僕は言葉を飲み込んだ。激しく疼く心を抑え、視線を逸ら
し、何事も無いようにすれ違って行った。
この行動が正しかったはずなのに、後になって僕は後悔した。他に取るべき行動が分からないのに、僕は
自分の無力さをひたすらに呪った。

7 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 6/? ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:11 ID:jew3hiJ.
その日の最初の授業は教室の清掃に宛がわれた。一切手伝っていなかったが、僕のクラスは
お化け屋敷をやっていたらしい。教室は積み上げられた机や、床にベタベタと付着されたテープや
塗料で随分と大変な事になっていた。それをクラスが一丸となって悪戦苦闘を重ねた末に
ほんの一時間程度であらかた綺麗に片付けられた。
僕は頼まれてまとめられたゴミを捨てに行った。その帰り、沢山のダンボールを抱えて歩く女子を
見かける。よく見るとそれは西村さんだった。
躊躇いがあった。それでも、今朝の事を思うとこのまま見過ごす訳にはいかなかった。どんな
結末を迎えるよりも、このまま何もしないで終ってしまうのが一番辛い事だと思ったから。そうし
て、僕は思い切って話しかける。
「だ、大丈夫?手伝おうか?」
西村さんはやはり驚き、戸惑った表情を見せた。それは僕の心を少し痛ませたが、痛みに堪えて
西村さんの返答を待つ。すると、視界の外から声が飛んで来る。
「ねぇ、なにやってんの?」
それは西村さんの取り巻きの一人のようだった。僕は挙動不審にならないように気をつけながら応対する。
「いや、大変そうだったから手伝おうかと思って……」
「アンタさ、よくあれだけの事しておきながらサオリに話しかけられるわね。サオリが、どんだけ傷つけられたと思ってるの?」
図星を突かれ、思わず僕は閉口する。
「サオリ、テニス部辞めたんだよ、アンタのせいで。ホントに最低。アンタがいなくなればよかったのに」
「ユキ……もういいよ……」
「……もう二度とサオリに近づかないで。次は学校に来れなくしてやるから!」
彼女の取り巻きは嵐のようにやってきて、僕を散々に打ちのめし、颯爽と過ぎ去っていった。
僕の周りにはいつの間にか人だかりが出来ていて、がやがやひそひそと鬱陶しい。
僕は八つ当たりをする様に周りを睨んで道を開け、自分の教室へ逃げるようにして戻っていった。

昼休み、僕は東條さんに放課後に会いたいという旨のメールを送った。東條さんは今となっては唯一頼れる存在だ。
送信したメールに不備が無いかチェックをしていると、同じクラスでもある南原が、僕の不意を突いて
ヒョイと携帯電話を取り上げた。僕は咄嗟に奪い返したが、文面と送信先はしっかりと見られてしまった。
「へぇ、北島って東條さんと仲良いんだ」
「い、いや、最近相談に乗ってもらっていてさ」
「ふーん、てことは、狙ってる訳じゃないんだよな」
南原はニヤリと笑う。寒気のする笑顔だ。
「なぁ、俺の事紹介してくれよ。前から東條さんのこと狙ってたんだ」
「それは……」
東條さんには恩を仇で返すような真似はしたくなかった。だから僕は断るつもりで口を開こうとした
瞬間、すかさず南原は口を走らせる。
「まさか断る訳ないよな。西村の事、忘れたとは言わせないぜ」
唐突に怒りが爆ぜそうになった。しかし、寸前のところでなんとか抑え込んだ。形はどうであれ
南原にも恩義が在るのだ。
「……少し話してみるよ、ダメでも怒るなよ」
「ナイスだ北島! しっかりやれよ!」
南原は満面の笑みで自分の席に戻ろうとする。
その時僕は、無意識に南原の裾を掴んでいた。
「な……なんだよ」
自分で自分の行動に唖然とするが、それでも、今ふと湧き上がった疑問をこの瞬間に尋ねなければ
南原は一生それに答えてくれない気がした。
「あのさ」
寸前で躊躇う。が、感情に突き動かされるままに口を開いた。
「西村さんがさ、お前の事を好きなの知ってた?」
南原は突然の話題に目を見開いた。やがて、目を逸らしながらも、ばつが悪そうにその質問に答えてくれた。
「知ってたよ」
僕は何も考える事が出来なくなった。何故か怒りも、悲しみも、胸に湧いてこない。そんな僕の不気味な
態度に南原は少し動揺したようだった。やや間が空いた後、南原は白状をするように話を続けた。
「西村とは中学が一緒でさ、一度告白されたけど、フッたんだ。なんか好みじゃなかったんだよ、アイツは。
それなのに同じ高校に進学してきたんだ。いやもう、ドン引きだぜ。しかも、大して運動が出来もしないのに
同じテニス部に入ってきてさ。流石にこれはヤバイとか思ってたら、北島が西村が好きって言ってたからさ
お前たちが付き合っちゃえば丸く収まるんじゃねーかって思って。いや、やっぱダメだったけどな。」
南原はペラペラと無神経な事を口走る。それでもやはり、僕は南原に八つ当たりする事も出来ず、ただ南
原を見つめる事しか出来なかった。
「こ、ここまで喋ってやったんだから、東條さんの件しっかりやれよ!」
そして、南原は逃げるように自分の席に戻っていった。彼の無神経なお節介は、僕を酷い立場に立たせ
西村さんを散々に掻き乱した。それでもきっと、誰も彼を責める事は無いのだろう。
僕は、もう南原とは友達をやっていけないような気がした。

8 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 7/? ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:13 ID:jew3hiJ.
放課後、僕は空き教室に都合三度目になる不法侵入を実行した。今日は東條さんが先に教室に来ていた。
「呼び出したのなら、私より早く来なきゃ」
言葉とは裏腹に表情は柔らかかった。
「すいません、HRが長引いて」
「まぁ良いわ、それで、どうしたの?」
そうして、今日の出来事、自分の決心を掻い摘んで説明をした。
「ふーん……なるほどねぇ……」
東條さんは口元に指を当てて考え込む仕草をした。
「まず簡単な問題から片付けるけど、南原君の件は一応、キミの手柄を立ててあげる。彼とは部活の後に少
しだけ『おはなし』をしてくるわ」
「ホントすいません……」
「ただ、こういう事は今後一切辞めてよね」
東條さんは片眉を上げてそう注意をした。僕自身、もうこんな事を引き受けるつもりは一切無かった。
「あとは……そうね、西村さんの周りの子達ならちょっとだけフォロー出来るかもしれないけど……
正直、それ以上の事は私にはしてあげられないかな」
「いや、それだけでもすっげぇ助かります」
本当に東條さんには頭が上がらない。色々な事をして貰ってばかりなのに、たった一つも恩返しが出来てない
自分を不甲斐なく思う。
「うん、まぁこの位なら構わないわ。それより、私も私なりに楽しんでいるからね」
僕は理解できずに首を傾げる。
「失礼な言い方になるけどね、今のキミ、見ていてとても面白いよ。なんだろう、不器用だけどひたすらに
恋愛やってる感じで」
やはり自分にはよく分からなかった。でも、西村さん達には申し訳ないが、自分の中では文化祭で告白を
したあの瞬間から、不器用なりにも懸命に生きているという実感が確かにあった。現状はお世辞にも良い状
況とは言えないが、それでも西村さんを遠巻きに眺めていた頃よりも、曲りなりにちゃんと恋愛をしているのかもしれない。
「だからね、私は、今のキミを応援してます」
僕はそのストレートな言葉に、思わず破顔して喜んでしまった。現状が現状なだけに、その言葉は何より嬉しかった。
「自分、やれるだけ頑張ります」
「うん、しっかり青春してらっしゃい」
何も無い空き教室には、木の葉舞い散る季節に逆らい、青々しい春の暖かい陽気に満たされていた。

その後、今後の作戦を企てたが、やはり時間をかけて接していくしかなさそうだった。そもそも、現状が恋愛的アタックと
ストーカー行為の中間辺りを彷徨っているので、下手な行動を取り辛いのである。それでも、僕は彼女を諦めたくはなかった。
そうして、虎視眈々とチャンスを伺い過ごす日々が続いた。

一週間、進展も好転もしないまま時間が淡々と過ぎ去っていった。西村さんが僕のせいで部活を辞めたという噂も十分に
広まっていて、テニス部での僕の立場というのは日に日に厳しいものになっていった。南原とも互いに少し距離を取るように
なった。東條さんも表立っては守ってくれない。孤立に近かった。それでも、僕はテニス部を辞めなかった。
自分勝手な発想であるが、これはある意味で戦いであると考えた。

9 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 8/? ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:17 ID:jew3hiJ.
とある朝の通学路、自転車から降りて途方にくれた西村さんの姿を遠くから見かける。
その脇を沢山の生徒が通り過ぎていたが、誰一人として彼女に声をかける者は居なかっ
た。きっと、どうにかしたい気持ちはあるのだが、自転車を修理出来る自信がなくて、停ま
るか否かを迷ったまま通り過ぎてしまうのだろう。僕も自転車を修理する知識も技術もな
いので、声を掛けてもきっと上手く直せないと思っていた。
それでも、僕は後の事を考えずに彼女の側で自転車を停めた。西村さんはやはり驚い
た様子であったが、僕はその事を気にもせずに声をかける。
「どうしたの?チェーン?パンク?」
「えっと……チェーン、外れたみたいで……」
「なるほど」
チェーンだったらどうにかなりそうな感じがした。少なくとも、パンクよりかはマシではある。
「とりあえず、ここで自転車を弄くるのは危ないからそこのわき道に入るけど、良いかな?」
西村さんは黙って頷いたので、自分の自転車はそのままに、わき道まで西村さんの
自転車を転がした。
「さて……」
ここまでカッコをつけてみたのは良いのだけど、これからどうしたら良いのかさっぱり分か
らなかった。頭の中では警鐘が鳴り響いていて五月蝿い。
とりあえず、スタンドを立ててから患部を見てみる事にした。確かにチェーンが外れていて
後輪の歯車の軸に入り込んでいる。引っ張ってみてもビクともしない。
警鐘の音が早まる。頭皮にうっすらと脂汗が出てきたのを感じる。やはり、僕にはどうすれ
ば良いのか分からなかった。
薄っすらと感じる西村さんの視線が緊張を刻々に高めていく。僕はとにかく修理をしている
フリをした。我武者羅にチェーンを引っ張ったり、意味も無く車輪をグルグル回したりした。
しかし、時間が経つにつれて誤魔化しが利かなくなってくる。焦りによって徐々に心身が焼
けていく感覚があった。初めは覚束無い手先で触っていたが、段々と力任せに弄くり回すようにまでなる。
すると、ガシャンと音を立ててチェーンが歯車から完全に外れた。これが良いことなのか
悪いことなのかは僕には分からない。ただ悪化でない事を祈るばかりである。
「ねぇ、直し方、分かるの?」
ここに来て西村さんが初めて声をかけてくれた。しかしそれは僕を疑う声であり、場合によっては
今後の状況がさらに悪化する事になりかねない。僕は不安を直隠しにして、笑顔を作り返答する。
「ん、大丈夫」
西村さんの顔を盗み見たが、それは明らかに信じていない表情である。僕はそれに戸惑ったが、自転車に向き合う事で逃避した。
「……本当は、分からないんじゃないの?」
手が止まる。警鐘がガンガンと鳴り響く。脳内で誰かが『戻りたい、帰りたい』とのたうちまわる。しかし、一体どこに戻れば良いのだろう?
「ねぇ、もういいよ、北島君まで遅刻しちゃうよ」
諦めたくなかったが、どうしたらいいのか分からなかった。僕は自身の非力を再三に呪った。
「でも、諦めたくないんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。手はすっかり黒い油で汚れていた。頭の中も焦りや不安でパ
ニックになっていた。それでも拙くチェーンを弄繰り回す手だけは止めなかった。絶対に、止めたくなかった。
さっきは硬くて引っ張りようが無かったチェーンは、歯車から完全に外れた事で多少は弄くる
余地が出てきた。チェーンの一部を歯車に引っ掛ける事は出来る。しかし、少し動かすだけで
それは無常にも外れてしまう。それを何度も繰り返していた。
腕時計を見てみると、時間の猶予が余りにも少ない事に気付かされる。西村さんも察しがたい
表情を持って僕を見つめていた。
僕はまたチェーンを歯車に引っ掛ける。今度は外れないように、強引に指で押さえながら、ペダ
ルをゆっくり動かし、少しずつ歯車に引っ掛けていく。指には激痛が走り、ペダルも硬くて上手く回
らなかったが、それでも緩めることなく力を込めた。
かしゃり、からから、と音がする。歯車とチェーンが噛み合い、ペダルを回すのにあわせて後輪も
からからと回っていた。
直った、らしい。自信は皆無だが、からからと回る車輪は現実。とりあえず報告をした。
「えっと……直った、っぽい」
西村さんは半信半疑で自転車を触る。やはり、車輪はちゃんと回る。回っている。
「すごい……あ、ありがとう」
その言葉を聴いて、ようやく僕はちゃんと直す事が出来たと理解できた。途端にどっと疲れが出た。
汚れた手でも気にせずに額の汗を拭う。
「多分、急に踏み込んだり激しく漕いだりしなければ大丈夫だと思う。でも、学校が終わったら直ぐに
自転車屋さんに見せに行くと良いかも。」
僕は修理に失敗しなかった事にすっかり安堵した。今こそが彼女と話し合えるチャンスなのかもしれ
ないが、今の僕はぎこちない会話をするのが精一杯だった。
惜しいけど、ここは引く事にした。
「それじゃ、一緒に行くのは不味いと思うから、先、どうぞ」
西村さんは終始戸惑ってばかりであったが、逃げ道を与えられた事で、振り向くことなく自転車に跨
って漕ぎ出した。その光景は、彼女に対する想いを手放しそうになる位に、どうしようもなく悲しかった。
これが、僕と彼女の関係であるというのを改めて思い知る事になった。
しかし、数メートルを進んだところで西村さんは自転車にブレーキをかけた。一瞬、自転車の修理が
完璧でなかったのかと思ったが、どうも違うらしい。
「……どうしたの?」
僕は恐る恐る声をかける。少しの間を空けて、西村さんは振り返った。
「……ねぇ、どうしてあたしにかまうの?」
再び、鼓動が高鳴った。喉元まで出てくる言葉が、どうしても吐き出せない。
「あたしね、ホントは北島君に悪い事をしたと思ってるの。好きだって言ってくれた人に、八つ当たり
みたいな事をしてさ。だからね、もう私を見るのを辞めて欲しい。あたしは北島君が思っている程、良い女の子じゃないよ」
「それは違う」
ようやく一つ言葉を吐き出すと、積もり積もった言葉達が爆ぜるようにして連なった。
「謝りたいのは僕の方なんだ。西村さんの気持ちを考えずに勝手な告白をしてしまって。というか、
告白した癖に僕は西村さんの事をそこまで知らなかったんだ。だから僕はさ、西村さんの事をもっと、
もっと知りたい。友達からで良いんだ。テニス部の中で少し話が出来るだけでも良い。少しずつ、西
村さんの事を教えて欲しい。それからで良いんだ」
言葉を理性で濾過する事も無く、思い付くままに彼女への想いを口走る。それは、好きな人を口説く
言葉としてあまりにも稚拙で、どうしようもなく一方的だった。
西村さんは言葉の洪水の前にきょとんとしている。それを吟味するのに少し時間がかかるようだった。
やがて、西村さんは苦笑いにも似た微笑みを見せる。
「あたしも北島君の事を良く分からなかったけどさ、なんだか少しだけ、分かった気がする」
僕も、彼女の様に苦く微笑んだ。
「ねぇ、今日は一緒に登校しようよ。あたしも、北島君の事もちゃんと知ろうと思うの。ダメかな?」
その願ってもない嬉しい言葉に、僕は何度も頷いた。西村さんはそんな僕を見て、初めて笑ってくれた。思わず僕も笑ってしまう。
この暖かい気持ちが消えないように、それが互いに灯り続けるように、そんな事を願いながら、僕は彼女に言葉で返事をした。
「一緒に行こう。遅刻する位に、ゆっくりと」

10 名前: 未成年の主張 (お題:平手打ち) 9/9 ◆MkrwxlGBUo 投稿日:2010/12/21(火) 23:18 ID:jew3hiJ.
それから僕は、西村さんと友達になれた。 今はまだ拙くて、互いの顔色を伺いながら
接しあう様な関係でもあるが、僕らは見えない糸を手繰り寄せる様にして、着実に互いの事を知り合っていった。
そうした上で僕は、相変わらず西村さんへの慕情を抱き続けている。今後の関係は
どうなっていくのかは分からない。それでも、未成年らしく間違えながら、後悔しながら、
挽回しながら、僕の青春を彼女と色んな人達で織り重ねていこうと思う。



※レス数の計算を間違えて大変な事になってしまいました
 ややこしくさせてしまってすいません;
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