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岬の上の罰ゲーム (Res:23)

1 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:22 ID:Rp9QwI5c
・作品名  『岬の上の罰ゲーム(安価で貰ったお題“岬”より)

・ジャンル 箱詰め脱出ゲーム風、不条理

・更新頻度 二日

・主要登場人物紹介 僕(主人公)
          小奇麗な男
          OL風のお姉さん
          女子高生
          中年の男
          パジャマ姿の男
          声(岬)
  
・あらすじ 僕は尿意を覚えてトイレへ向かうが、そこで理解できない現象が起こる。
      身に覚えの無い“岬”について、僕は思い出せるのか。

2 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:22 ID:Rp9QwI5c
僕は尿意を覚えて部屋を出た。
ずっとパソコンの前に座っていたせいか、部屋から十数歩離れたトイレへ歩くことが嬉しい。
体が運動を求めているのだろう。運動音痴のくせに、妙に身体を動かしたくなる。
「健康。それが一番大切なこと。」不健康な毎日を送っているが、何故かそんな言葉を大声で叫びたくなった。

放尿。僕の家のトイレは、男性用と女性用に分かれている。田舎ではよくあることだ。
用を足してからしばらく、便器の排水溝にある玉が割れていることに気付いた。
水色のその玉が一体何の役目で置いてあるのか、僕はいつも不思議だった。
それがあると、かえって白い陶器で出来た便器は確実に貧乏臭い風情を漂わせると思っていたからだ。
しかし、僕の尿のせいでその玉が割れたとすると、これは大変なことだ。
勢いが強すぎたのか、尿の成分に何か問題でもあるのか。
ぼうっとそれを眺めていると、何故か欠けた玉が、水が少し溜まった便器に佇む小さな岬のように見えたのだ。
その時、僕は強い光に覆われた。眩しさに目をつむって、しばらくすると、磯の香りがしてきた。
と同時に、大きな波しぶきの音が広がり、強い風を感じた。

3 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:23 ID:Rp9QwI5c
僕は恐ろしくて目を開けられなかった。
何かしら自分の頭がおかしくなってしまったのだと思い、だらけた生活を送ってきた今までの自分を悔いた。
ネットの掲示板で見た“キチガイ”という文字が頭に浮かんだ。失望と人としての一線を越えてしまった快感のようなものが入り混じる。
「おい、あんた。ズボン上げろよ。」
気が遠くなり、瞼の下で白目を剥いていた僕の肩を、何者かが両手で揺すった。

驚いて目を開けると、眼下に広がる景色に圧倒された。
どこまでも続く海原と、遮るものが何一つ無い本物の空。水平線は球体のラインに沿って広がり、ここが地球という一つの星だということを思い出させる。
ここは、岬だ。そして、僕はここに立っている。
普段は希薄で、本当に生きているのか疑問に思うくらいの自分の存在が、母なる海を目の前にして、唯一無二の確固たるものと実感できたのだ。
この地球という大地に生きる一つの生命としての自分に感動し、大空を見渡した。何故だろう。この世界は自分の全てを受け止め、許してくれているとさえ感じた。
最高にハイになっていた。自分が置かれた状況に何も疑問を抱かなかった。

だが、その開放感は一瞬にして打ち砕かれた。
先ほど僕の肩を揺すったと思われる男が、僕の尻を蹴った。
前のめりに倒れて地面に膝をついたとき、僕はようやく自分が小便をした後だったということに気がついた。
海風を直に受けて股間が縮まる。白けた静寂を引き立たせるように波の音がやけに響いた。
涙が出そうなほどの間抜けな格好のままで後ろを仰ぎ見ると、小奇麗な今風の若者が、OL風のお姉さんの肩を抱いて僕を睨みつけた。

僕は先ほど自分に投げられた言葉の意味を理解し、部屋着にしていた高校時代のジャージを急いで腰まで引き上げた。
「す…すみませんあの、あの…。」
何かフォローをしなくては、と思い、必死で言葉を探してはみたものの、約一年間のひきこもり生活で低下した僕の対人スキルでは対処できそうになかった。
口ごもる僕を一瞥して、男は彼女らしきお姉さんと一緒に、僕に背を向けて離れていった。
「ああ…。」
最低だ。これは一体何の罰ゲームなのだ。何故油断しきった僕を、こんな場所に瞬間移動させたのだ。神よ。

4 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:24 ID:Rp9QwI5c
僕はここがどこなのかわからぬまま、岬の上で海を眺めていた。
先ほどと何ら変わらぬその景色。
ただ、僕は今最悪な気分だ。人生をやり直したい。子供の頃に戻りたい。
世界は何の努力もしない僕を受け入れてはくれない。ただそこに在り続けるだけなのだ。
すっかり正気に戻った僕は、もう岬から見える風景に飽きてしまい、ここからどうやって家へ帰ればいいのかと考え、呆然とした。

推測するに、ここは日本のどこかにある岬で、寂れた海岸沿いの街の観光の名所として、カップルや家族連れがやってくる場所だ。
僕が居る岬の先は、地面にレンガが敷き詰められて、転落防止のためにスチール製の柵が高めに張り巡らされている。
右手には灯台が見える。岬を降りて街へ出て、交番を見つけてお巡りさんに事情を説明して…。
ここまで考えて、僕は少し気が楽になった。何が起こったのかはわからないが、帰れないこともないのだから。

階段を少し降りると、岬の中腹のベンチが並ぶ広場に着いた。
広場には、先ほどの男とお姉さんのカップルと、気難しそうな中年の男、制服を着た女子高生が集まっていた。
何かが変だと感じた。
海と反対側を見下ろすと、どうやら森になっているらしいが、霧が深く立ち込めてよく見えなかった。
嫌な予感がした。
「丁度集まった。皆、これからゲームの始まりだよ。」
どこからか声が聞こえてきた。それもアニメ調の甲高い声だ。ヤバイ。僕はやっぱりいかれてるんだ。

しかし、そうではなかった。広場に居た他の人達も、僕と同様に辺りを見回し、わけがわからないといった顔をしている。
「君達はそれぞれ、岬について深ーい思い入れがある人達だね。岬に関する思い出が心に焼き付いて離れない。」
その言葉に中年の男性が反応した。女子高生もよく見ると可愛い顔をして…動揺しているようだった。
「岬に来た人々は、皆自分の人生について思いをめぐらせる。ある人は絶望を、ある人は希望を抱く。」
僕は尿意を覚えただけだと心の中で叫んだ。
「岬も、人々の思いを受け止めて覚えている。今まで、たくさんの人達がこの場所に誓いを立て、この場所で人生を終わらせた。」
最後の言葉に、共通の絵が頭に浮かんだらしく、緊迫した空気が流れた。
「でも、岬の記憶の容量が、もういっぱいなんだ。だから、君達には、ここで記憶を消させて貰いたい。」

5 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:25 ID:Rp9QwI5c
「それは駄目だっ!俺はまだ描き足りない。完全に描ききれてない…。」
中年の男が叫んだ。かなり焦った様子で、両手を広げて天を仰いだ。
この声がどこから聞こえているかも掴めていないのに、まるで神に雨乞いをするように、手を合わせて土下座をしようとしている。
「…。例外は認めない。今までずっとこのやり方で、岬を訪れる人々を見守ってきた。私が今日と決めたこの日に、もっとも思いが強かった人達を選んだの。」
一方的に喋るだけかと思っていた声だったが、このおっさんのあまりの様子に心情を酌んだのか、どこか同情的に聞こえた。
「記憶を消してもいいと決意した人は、岬の先に来て。思い出を話して、ボタンを押したら、元居た場所に帰らせてあげる。」
「ボタン?」
僕は思わず呟いた。それは僕の生尻を蹴った男と同時だった。僕は気まずくて向こうを見れなかったが、男が居るほうから舌打ちが聞こえてきた。
なんとなく頭が悪そうなその様子に、腹が立つというよりほっとした。単なる僻み根性なのだ。
あの男は、僕と同年代に見えた。僕とタメで、小奇麗で、彼女もいて、そんなリア充男が頭も良かったら嫌だ。
「さっき見た時は、そんなのなかったぜ?」
男は言った。僕はこの男が東京から来たのだとわかった。所謂標準語で、訛りが無い。
数秒ほど答えを待ったが、声はそれ以上聞こえてはこなかった。
僕らはお互いの顔を見回して、それぞれの思いや言い分を溜息にして吐き出した。

男はすぐに一人で階段を上っていき、残されたお姉さんが男の名前を呼びながら後を追って行った。
中年の男は脱力して、ベンチに体を折って腰を降ろし、頭を抱えた。
女子高生は暫く考え込むように、僕の顔を見つめてきた。
僕は瞬間的に顔を赤くして、驚いた。この娘、かなり可愛い。
女子高生はすぐに僕から目を逸らし、空いているベンチに座り、脚を組んだ。
キモイって思われたのだろうな。
自虐的な言葉が頭の中を駆け巡り、僕は少し一人になりたくなった。
さっきから気付いていたのだが、広場から降りる階段があるのだ。僕はその階段を降りようとした。
「無駄よ。」
女子高生が僕を見ずに呟いた。独り言のようにも聞こえたので、僕は聞こえない振りをした。
しかし、僕はその意味をすぐ理解した。階段は霧に包まれ、下が全く見えなくなっていた。それでも降りようとするのだが、一向に降りられない。
昇りのエスカレーターを逆走しているように、ずっと二段目までしか行けない。薄気味悪くなり、僕は諦めて広場の空いているベンチに腰掛けた。
女子高生の方をチラリと見たが、向こうは完全に一人の世界に入っていた。
自分がこの中でただ一人、ジャージに素足という格好だったのも幸いして、僕はすぐに女子高生を諦めた。
早く家に帰りたい。僕は立ち上がり、岬へ昇る階段のほうへ歩き出した。

6 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:25 ID:Rp9QwI5c
不思議なことに、岬に昇ると、空が晴れていて霧の気配は全く無い。
見渡す限りの海と空の青の中、グレーのスーツを着こなしたお姉さんが、ぽつんと立っていた。
男の姿が見えない。勘が悪い僕も、少しピンときた。
僕はおそるおそるお姉さんに話しかけた。
「彼、帰られたんですか?」
お姉さんは僕の声に反応して、肩を強張らせた。だが、振り向こうとはしない。
僕は、こういう時、すかさず女性の肩を抱き、優しい言葉で慰めるような男になりたい。
でも、今は無理だった。この状況で下手に関わって、ここに長居しなければいけなくなくなるのが嫌だからだ。
自分の中で帰りたいという思いが、次第に強くなっていくのがわかる。
僕はお姉さんの横をなるべく見ないように通りすぎて、岬の先へ立った。
ボタンを探すが、見当たらない。
これはどういうことだろうか。いや、しかし…。あの男が帰ったということは、ボタンはどこかにあるわけだろう。
僕は、ここ最近見たことがなかった、貴重な“勇気”というものをかき集めて、後ろに立つお姉さんに聞いた。
「すみません、ボタンってどこにありますか?」

7 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:26 ID:Rp9QwI5c
ちょっと声が上ずったかもしれない。が、まあ僕にしてみれば上出来だ。
お姉さんはやはり泣いていたけど、僕の顔を見て気丈にも笑顔を作り、答えてくれた。
「先に思い出を…。言った後に、出てくるから。」
嗚咽を堪えながら、お姉さんは教えてくれた。
僕は、どもりながら礼を言って、この人の住所を聞こうかどうかと考えている自分を振り払った。
僕はもう限界だった。早く自宅警備に戻らなければならない。お姉さんと水平線が見守る中、僕は叫んだ。
「僕は、トイレの便器にあった丸い玉が欠けているのを見て、岬を連想してしまいましたっ!その記憶を、消してください!!」
ああ、これでやっと帰れるんだ。帰ろう。早くボタンを…。あれ?
「なんで出てこないんですか。」
僕は振り返ってお姉さんに尋ねたが、すぐその行動を後悔した。ものにはタイミングと言うものがあるのだ。
「知らないわよ!こっちが聞きたいわよ。もう、やだ。最低。」
お姉さんは花柄の上品なハンカチを目に当てながら、言った。
「結婚するって言ったのに!地球岬で、二人で旅行して、ずっと…一緒だよって言ったのに!」
僕は、息を呑んで(というより、かける言葉が見つからず)、お姉さんを見守った。
「つき…嘘つき!もう絶対死んでやる。」
「ちょっ…。」
お姉さんは僕を突き飛ばし、スチール製の柵を乗り越えようとした。僕はすぐに彼女の腰を掴み、思い切り引っ張り、振り落とした。
「痛い。何すんのよ!」
睨まれても困るのだ。僕が一瞬たじろぐと、また懲りずに飛び降りようとする。僕はまた柵に昇る彼女を引きずり降ろして、腰を地面に押さえつけた。

8 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:27 ID:Rp9QwI5c
こんなに細い身体のどこにあるのかというくらい、お姉さんは力強く暴れた。
僕は必死になって押さえつけ、「生きてればいいことありますから!」などと口走る。もうヤメテー!と叫びたい。内心うんざりした。
目の前で死なれたら困る。どうか僕の居ないところでやってくれ!その願いが通じたのか、お姉さんはしばらくすると大人しくなった。
髪や衣服が乱れ、非常に色っぽいその眺めに、勃起するのも忘れて「いい加減にしてください。」と泣きを入れた。
「なんで止めるのよ。バカ…。」
懲りずにそんなことを言うので、僕はカッとなり平手を振り上げた。
その時、僕たちの脇をパジャマ姿の大学生くらいの野朗が通り抜け、一瞬にして柵を登り、そのまま崖下へ向かって飛んだ。
まるで獲物を狩る獣のような、エネルギッシュなその一連の動きに、僕たちは凍りついてしまった。
あの男は…。僕は振り上げた手を下ろすのを忘れた。ショックで涙が出てきた。
「あの子…、きっと岬から飛び降りることばかり考えていたのね。」
お姉さんがぽつりと、寂しそうに呟いた。
もう彼女は泣き止んでいた。
「あんな奴、いた?」
僕はショック性の涙を拭き、お姉さんに聞いた。思わずタメ口になったが、もう気にしないことにした。
「居たわ。ずっと、広場の看板の陰に座ってたでしょ?気付いてなかった?」
びっくりした。まったく存在感がなかった。
「きっと、人に興味がなかったのね。あなたも。」
お姉さんは、フフフと笑って、立ち上がった。そんなことない。僕は違う。あんな奴と一緒にしないでくれ。しかしそれは声にならなかった。
何故かまた涙が出そうになっていて、僕は慌てた。喉が渇いているだけだと言い聞かせたが、どうしても飲み込めずに、喉から嗚咽が出た。
なんとか涙を堪えて立ち上がった僕に、お姉さんは言った。
「ありがとう。きっと悪い夢でも見てるのよね、私。」
「ええ、きっと。」
僕は疲れ切っていたが、笑った。
それからお姉さんは岬にまつわる思い出を僕に語った。僕は、なるべく耳を竹輪にして、それを聞き流した。
お姉さんが話終えると、地面からニョキニョキとボタンが生えてきた。それはクイズ番組等でよくみかける赤いボタンで、その適当さに僕は笑った。
お姉さんも、満足そうに笑った。彼女がボタンを押すと、まるでどこでもドアのように、半透明のドアが出現した。
僕は現実に帰っていくお姉さんを見送り、その笑顔を忘れたくないなと思った。

9 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:28 ID:Rp9QwI5c
しかし、困った。僕の記憶の中にある“岬”が、トイレの玉でないとしたら、一体僕はあの時何を考えていたのだろう。
トイレに行く直前までパソコンの前に座り、ネットを開きいつもの掲示板を見ていた。
もし思い出せなかったら、もし、僕がこのままここに居るしかないとすれば…。
さっきの出来事を思い出して身震いをした。
居ても立ってもいられなくなり、僕は広場に降りて女子高生を探した。
人と話したい。僕を一人にしないで欲しい。危険なほうへ自分が傾いているとは気付いたけれど、止められなかった。
女子高生とおっさんは、まだベンチに座ったまま考え事をしているようだった。
僕は女子高生の側に行き、隣に座ってもいいかと聞いた。
それは当たり前のように無視をされたが、予想はしていたので、僕はそのまま地べたに胡坐をかいて座った。
「…君、どこの子?」
僕の問いにムっとした様子で、女子高生は言った。
「そっちから。」
素っ気無くされても、僕はもう気にしなかった。このまま一生ここで過ごすかもしれないなら、せめて最後に会った女の子と話がしたかったから。
冷えた諦念が、僕の腹の底に広がっていた。
「僕は、中島壱季。北関東に住んでた。君は?」
「…うそ。」
いや、何だそれ。女子高生は口を押さえ、目を大きく開いて僕を見つめる。驚いているようにも見えるし、「童貞が許されるのは…」でお馴染みのあの顔にも、
見えない。明らかに驚いているようだった。僕の名前に?
「嘘でしょ?じゃあ、私のこと覚えてる?」

10 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 21:57 ID:Rp9QwI5c
「ちょっと待って…。」
会ったことがないよ、という言葉を飲み込んで、僕はごくりと唾を飲む。
僕は焦った。さっきまでの格好つけた諦念とやらは、もう影も形もなかった。
もし、この娘が僕の記憶の中の“岬”を握る鍵だったら…?
「ねえ、君の名前は?」
帰れるかもしれない!という希望が、頭の中で湧き上がっては弾けている。
僕は心の底から「ありがとう」を言いたくなった。
「…。」
しかし、彼女はツンデレと言う奴なのか、先ほどの表情に戻ってしまった。
それどころか、前よりもっと思いつめた表情をしている。
何か、まずいことを言ってしまったのだろうか?
「ねえ、名前教えて…。」
僕の言葉をさえぎるように、それ以上は何も言うなというように、彼女の右掌が僕の目の前で待ったをかけた。
「イチル。私、一縷だよ。覚えてないの?イチキちゃん。」
「ああ!イチルちゃんかあ、覚えてるよ。」
「ウソ。」
嘘だった。僕は全く覚えていなかった。
記憶の糸を手繰り、今まで付き合ってきた女性や、小中学校時代の友達に妹が居たかどうか、必死になって思い出した。
だけど、僕は知らなかった。こんな子は知らない。

11 名前: 投稿日:2007/03/23(金) 22:28 ID:Rp9QwI5c
一縷と名乗る少女は、しばらく僕の様子を探るように見つめていた。
僕も彼女を見ていた。ただ、一縷の強い視線から目を逸らすことが出来なかっただけだが。
沈黙が続いた。
「壱季ちゃんは、変わったね。」
そう呟き、一縷はベンチから立ち上がり僕を見下した。
伸びた足の上のきわどい位置で、スカートが揺れる。
一縷はもう僕を見なかった。
それから、勢い良く駆け出していき、階段を昇って行ってしまった。
「なんなんだよ。」
突然の一縷の行動に、僕は少し肩透かしを食らった気分になった。
僕に何を求めていたのだろうか。一縷、いちる、イチル。口の中で名前を半濁したが、やはりピンと来ない。
もう、いいや。疲れた。
地べたに倒れ、仰向けになり、目を閉じた。今日の長い一日を思い、そして自分の人生を投げた。
僕はやはり、このままここで死んでいくのだろう。
頭の中にもやがかかって、眠くなってきた。

12 名前: 投稿日:2007/03/24() 19:24 ID:jul9ikQI
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
僕はしばらく眠っていたらしい。
目が覚めると、体中が痛かった。地面の上で寝たのは初めてだった。
こんな場所でも寝れるのかと自分の隠し持っていた図太さに驚いた。

僕は起き上がって周りを見渡して驚いた。
薄茶色のレンガの地面に、僕が寝ていた場所を除いて、何かでびっしりと絵が描かれている。よく見ると、チョークのようなもので描かれている。
「これは…一体?」
僕は線を踏まないように、爪先立ちで歩きながらベンチまで歩いた。
ベンチの上に立ち、広場を見渡すと、中年の男性が岬へ続く階段に座りこちらを見下ろしていることに気がついた。
「あのおっさんが描いたのか。すごいな…。」
ここからでは全貌が見えないが、恐らくこの絵はどこかの岬について描かれていることがわかる。
灯台の灯りが暗い海を照らす夜の岬、朝日が昇る瞬間に海面が煌いている様子。
ワンピースを着ている女性が岬を眺めている。白い馬が1頭、岬の先で佇んでいる。その隣には、馬だけの絵もある。
様々なシーンを切り取って、線のみで表現していた。
「画家なのか。」
おっさんの方を見やると、外国の古いギャング映画に出てきそうな太い葉巻をくわえて、マッチを擦っていた。
ギャング映画では、渋いスーツを着て、髪をぴっしりと後ろに撫で下ろして、日本人のセンスじゃ到底作り出せなかっただろうというようないかした帽子を被った男が吸うものだったが、
あの地味なジャケットを着たおっさんが、なかなかどうしてか、様になっていた。
きっと馴れているのだろう。今まで何をやってきたおっさんなのかは知らないが、彼はこんな場所に突然閉じ込められて、嫌じゃないのだろうか。

13 名前: 投稿日:2007/03/24() 19:25 ID:jul9ikQI
僕はベンチから飛び降り、再び絵を踏まないように、爪先立ちで歩いた。
階段まで辿り着くと、おっさんが僕を見て言った。
「上で、女の子が待っているよ。」
「…え?!一縷が?」
なんで帰らなかったんだ?僕と同じように、岬に関する思い出に心当たりがなかったのか?
僕はあの思いつめた顔を頭に浮かべ、次にあの短いスカートから伸びる生足を思い出した。

僕はおっさんに礼を言って、岬へと階段を昇った。
確かに一縷は居た。岬の先端、柵を乗り越えたのだろうか、寄りかかって海を眺めていた。
「一縷!」
振り返った一縷は、僕を見て溜息をついていた。
僕は柵に駆け寄りたかったが、少し格好つけたかったので、ゆっくりと歩いた。

14 名前: 投稿日:2007/03/24() 19:26 ID:jul9ikQI
「一縷、危ないからこっちに戻れよ。落ちたら死ぬぞ。」
「死ぬかどうかなんて、わからないじゃない。現実かどうかもわからないし。それに…。」
一縷は泣きそうな顔をして言った。
「あなたがイチキちゃんかどうかも。わからない。これは、夢なの?」
ヤバイと思った。また誰かが落ちるところを僕は見なくてはいけないのか。
僕は柵を上って一縷を助けようとした。

「来ないで。触らないで。あなた、トイレに入った後、手を洗ってないんでしょ。聞こえたよ、汚いから触らないで!」
その言葉を聞き、海に飛び込んで身を清めたいと思ったが、なんとか踏みとどまった。
「一縷!教えてくれ、君はどこで僕と会った?」
僕は柵越しに一縷に語りかける。早くこちらへ戻ってきて欲しい。
「…能登半島の灯台。イチキちゃんと、お兄ちゃんと、私で。」
一縷は小さな声でそう言った。少し恥ずかしそうに、思い出すように、僕から顔を背けた。

15 名前: 投稿日:2007/03/24() 19:27 ID:jul9ikQI
「…ワタル。そうか、ワタルの妹だったんだ。」
僕はやっと思い出すことができた。
小学生の時に親父と喧嘩した僕は、夏休みに一人で祖母の家へずっと滞在していたのだ。
何度も電車を乗り継ぎ、田舎町の駅に着いた。祖母の家まであと少しだった。
最後の乗り換えのとき、駅の時刻表を見て驚いたものだ。電車が二時間に一本しか来ない。
僕は困り果てた。その時、家族で里帰りをしていて、同じく電車を待っていたワタルに、声を掛けられた。
ワタルは自分と同じ年なのに、一人で電車に乗ってきた僕を、すごいと言ってくれたんだっけ。
僕は、厳しい父親が嫌いで、ただ一緒に居たくないだけだったのに。
それから、僕たちは夏休み中にずっと一緒に遊んだ。
時々、ワタルの後ろから妹がついて来た。ワタルはしきりに「ついて来るな」と妹を追い払おうとしていたが、僕はそれが可哀想で、たまに二人だけで遊んであげた。
「イチキちゃん、本当に変わったね。オタクみたい。」
一縷の言葉にはっとして顔を上げると、もう柵の中に戻っていた。身軽だ。

16 名前: 投稿日:2007/03/24() 19:27 ID:jul9ikQI
「お兄ちゃんのこと、聞いた?」
一縷と僕は、海を見ている。僕は先ほどからこの見慣れた岬から見える景色に、何か違和感を覚えていた。
「二年前の夏に、偶然ワタルに会ったんだ。」
僕は、あの時ワタルのほうから声を掛けてくれなかったら、気付いていなかったと思う。
大学に受かり上京したものの、仕送りだけでは生活が回らなくて、あまり得意ではない接客のアルバイトを居酒屋でしていた。
ワタルに声を掛けられたとき、本当に誰だかわからなくて、僕は因縁でもつけられたのかと思った。
ワタルと遊んだのは、あの小学校の時の夏休みの間だけだった。しばらく電話を掛け合ったり、手紙を送ったりもしていたが、続かなかった。

17 名前: ほ ◆dGkqy8VIyg 投稿日:2007/03/25() 10:45 ID:gmlGLGVw
ワタルは美容師になるために上京してきたが、仕事がきつくて続かなかったと言っていた。
いわゆるカリスマ美容師の下で、見習いとしてやっていたらしい。
雑誌に載るような有名な美容室だった。ファッションに疎い僕でさえ聞いたことがあるところ。
初めのころは、師匠の厳しさや仕事に対するこだわりに、置いていかれぬように頑張った。
しかし、ワタルは辞めてしまった。辞めた時の話や理由などは、ワタルは話そうとはしなかった。
なかなか上下関係がはっきりしていたようで、その師匠の話をする時のワタルは「あの人は凄い、敵わない。カッコイイ。」としきりに
褒め称えていた。

僕たちは、それから何度もつるんで遊んだ。
ワタルは女性経験が乏しい僕に、よく説教をした。
「いいかイチキ、直球じゃなきゃ駄目なんだよ。直球を投げられない奴は女から認められない。」
それも師匠からの受け売りだったのだろうか。今思うとまるで洗脳を受けてきた信者のように、ひたすら“直球”という言葉を使っていた。
ワタルは働いてもいないのに、なぜか金の羽振りがよくて、僕によく奢ってくれた。それも風俗を。
僕は連れて行かれた高級ソープでも、結局緊張してしまい、できなかった。

しかし、それから僕は風俗にはまってしまった。
ワタルに隠れてファッションヘルスへ行き、お気に入りの女の子に会いに何度も通った。
そう、“ミサキ”という名前だった。

僕は、こんなことまで話してしまい、一縷が引いていないかと少し心配になった。
一縷はしかし、黙って僕の話を聞いてくれていた。
「ねえ、続けて。」
「ああ…。」
僕は忘れたはずのミサキを思い出したことで、心にどす黒い憎悪の渦が湧き上がるのを感じていた。
ミサキのことはワタルには内緒だった。

18 名前: ほ ◆dGkqy8VIyg 投稿日:2007/03/25() 11:31 ID:gmlGLGVw
ミサキは僕を面白がってくれた。きっと童貞の僕をからかっていたんだろう。
ミサキと僕は店の外で会うようになった。
ある日、夜中にワタルから電話がかかってきた。
僕はミサキと一緒に眠っていたから、電話を無視しようとしたのだが、ミサキがわざわざ僕の側まで鳴り止まない携帯を持ってきたので、
仕方なく電話に出た。
「ワタル?どうした?」
「なあ、本当に悪いんだけど、金、貸してくれねえか?すぐ返すから。」
「はぁ?お前なぁ…。」
「お願いだよ、イチキ。もう親も親戚も貸してくれない。お前だけが頼りなんだ。」
僕はうんざりした。そして、金は貸してはやれないけれど、話だけなら聞くと言った。
彼女ができたというだけで、ずいぶん自身がついたものだ。以前の僕からは(今の僕からも)考えられないほどだった。
「今から、飲もうか。大丈夫、奢ってやるから。何があったのか話してみろよ。」
「無理だ。今東京にいけない。なあ、あの駅、ついになくなっちまったな。知ってたか?」
「…何の話だ?今どこにいる?」
「俺たちが初めて会った駅さ。もう電車も通ってないってよ…。」
「能登か?何でそんなところに…。」
「いや、今は能登じゃない。昨日行って来たんだ。でも途中で電車がなくてな。辿り着けなかった、あの岬に。」
「…。ワタル、どれくらい借金あるんだ?」
「俺、お前みたいになりたかった。一人でどこへでも行けて、何でもできるように。
 イチキ、俺はなあ、お前を目指してた。あの日、居酒屋で働いてるお前に声を掛けたの、偶然じゃないぜ。
 東京に出るときに、お前の家に連絡したんだ。おふくろさんから大学と住んでる場所を聞いたよ。
 で、あのあたりをたまにうろついて、お前を探してた。」

19 名前: ほ ◆dGkqy8VIyg 投稿日:2007/03/25() 11:32 ID:gmlGLGVw
「…。」
僕はワタルの告白を聞き、少しこいつを哀れに思った。
なんだ、こいつも大して僕と変わらない。人とうまくやれない気が小さい奴なんじゃないか。
それなのに、上辺だけ格好つけやがって。
「ワタル、お前今どこにいるんだ?」
「…。お前に金借りようなんてな。最後までダサいな俺。イチキ、彼女大事にしろよ。」
電話は切られた。
僕はなんとなく、あいつがどこかの岬にいるんじゃないかと思った。
ワタルのことが心配だったが、同時に関わったら厄介なことになりそうだと思った。
そして「自業自得だ、馬鹿め」と、あいつを見捨てる僕がいた。

20 名前: 投稿日:2007/03/27(火) 19:55 ID:2oDnKr.I
 ミサキとはその後しばらくしてすぐに別れた。振られたのだ。
僕は何度もミサキに食い下がり、やり直そうとしたが、まったく相手にされなかった。ミサキはその後店を辞めてしまい、連絡先も変えたようだった。
そして僕は大学に行かなくなり、ますます風俗にはまっていった。
大学から実家に連絡が届き、心配した母親が僕のアパートにやって来た時には、既に僕は、今の僕になっていた。僕は大学を辞めて実家に戻り、引きこもっていた。

 ミサキを思い出そうとすると、時間という概念が取り払われ、過去に戻っているような感覚に陥ってしまう。目に映る全てのものが、うさんくさい偽物のように思えた。
しかし、だからといってあの頃の思い出に浸っていたわけではなかった。記憶が混乱していた。
 あの頃、僕に一体何が起こったのか。それを説明することはできなかった。強烈な感情の渦が、記憶を整理することを拒んでいるようだった。
僕は一見すると抜け殻だった。そんな状態でいると酷く消耗するものだ。
 そんな時に目にしたのが、インターネット上の掲示板だった。
インターネットを開き、掲示板を覗いていると、僕は何も考えずに済んだ。マウスをクリックし、さして興味もない情報を得て、眠くなればそのまま眠る。
彼女のことを考えなくてもいい。誰に許可を貰う必要もなかったが、僕はようやく安堵していた。

 「…」
 そこまで話終えると、目の前に待ち望んでいた赤いボタンが現れた。
「やった」
僕は立ち上がり、そのボタンを押そうとした。
しかし、僕は考えた。
このままこのボタンを押して、現実に帰れば、ミサキのことも完全に思い出さなくなるだろう。
そして僕は、引きこもるのをやめるだろう。
それは、僕にとっていいことだろう。だが、僕は納得がいかなかった。
「なあ一縷、記憶を完璧に消せば、過去に縛られずに生きていけるけれど…。それはズルしてるような気がするんだ。変かな?」
僕は一縷に尋ねた。
「私もそう思うわ。ただ…」
一縷も立ち上がった。
「ここから出て、何かが変わるなら、それはそれでいいじゃない」
深い溜息をついて、一縷は言った。
シンプルな答えだ。

21 名前: 投稿日:2007/03/27(火) 19:55 ID:2oDnKr.I
「私ね、ずっとイチキちゃんのことが、好きだったの。初恋だった」
僕は驚いて一縷を見た。
「でもね、もういいの。私今のイチキちゃんのことは好きになれない。失恋した気分よ」
微笑む一縷は、とてもさっぱりした顔をしていた。
「そんなこと、わざわざ俺に言わなくても…」
脱力して肩を落とす僕の背中を、一縷は笑い飛ばしながら叩いた。
僕は密かに一縷の笑い顔を盗み見た。
笑ってくれて嬉しい。そんな風に他人を思うことは、久しぶりだった。

「ねえ、二人同時にボタンを押そうよ」
一縷の目の前にはいつの間にかボタンが現れていた。
「その前に、あのおっさんに声をかけてきていい?」
僕は言った。だが、一縷は首を振った。
「あの人ね、ここに残るって言ってたわ。ここが自分にとって理想の場所だからって」
「え…?」
僕は振り向いて、階段の方を見た。深い霧が、階段の部分まで来ていた。
一縷もそれに気付いたのか、小さな悲鳴を上げた。
「ねえ、帰ろう」
「そうだな」
僕らは顔を見合わせた。
岬からはいつの間にか、波の音も潮の匂いも消えていた。今まで僕らを見守っていた海も空も、壁紙の上に描かれたように止まっていた。
僕らはボタンを押して扉の向こう側、岬の記憶がなくなった日常へ戻った。

22 名前: 投稿日:2007/03/27(火) 20:03 ID:2oDnKr.I
終わりです。
vipのもう一つの小説スレにあった、初心者向けに小説の書き方を説明してくれているサイトを見て、
自分の書いたものが駄目だとわかりました。
でも一応書ききったのでそこだけは満足です。

23 名前: 懲戒 投稿日:懲戒
懲戒
27KB
名前: E-mail:
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