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戦うメイドシリーズ対艦編「ワルキューレ」 (Res:49)

1 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:42 ID:e0dy1LF2
 ワルキューレ

・ジャンル:架空戦記ライトノベル
・更新頻度:完成済み
・あらすじ:驚異的な身体能力を武器に駆逐艦を鹵獲する少女の物語
・見所  :ドイツ、メイド、Uボート、金髪お下げの少女

下記のお題により執筆しました

92 :愛のVIP戦士:2007/02/19(月) 22:31:15.63 ID:AhHjNtDt0
対艦戦闘用メイド

93 :愛のVIP戦士:2007/02/19(月) 22:31:49.61 ID:qlmamhvx0
>>92
マジカヨ……
把握

94 :愛のVIP戦士:2007/02/19(月) 22:32:20.99 ID:LZZh6e7d0
壊れる

95 :愛のVIP戦士:2007/02/19(月) 22:32:30.61 ID:grZdHwNZO
>>91
潜水艦

96 :愛のVIP戦士:2007/02/19(月) 22:34:23.17 ID:qlmamhvx0
>>94 >>95
まとめて把握してやる畜生

2 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:44 ID:e0dy1LF2
 親衛隊の制服に身を包んだ十人の男たちがドアを乱暴に蹴破り、豪勢な作りの別荘へ侵入した。
 彼らは短機関銃で見張りを手早く倒した。慣れた動作で別荘の一部屋一部屋を確実に制圧して
いく。彼らに迷いは無かった。祖国の運命を独裁者から取り戻すためならばと、自らの命を捨て
た男たちであった。

  ――南ドイツ、バイエルン、ベルヒデスガーデン、一九四四年。

 三人の男がついに独裁者の寝室にたどり着いた。こいつさえ倒せば戦争は終わり、ドイツに平
和が戻ってくる。そんな期待を胸に、憎き独裁者の顔を頭に浮かべながら、男たちは寝室に侵入
した。
 しかし、期待は裏切られた。そこにいたのはドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーではなく、
一人のメイドだった。
 エプロンドレスを纏った少女。宝石の様に青い瞳と、二つ結ったブロンドのお下げが可愛らし
い少女だけがそこにいた。
「くそう! 総統はどこだ!」
 男のうち一人が声を荒げた。捨てた命とは言え、目的を果たさなければそれは無駄に捨てたこ
とになる。独裁者の不在に彼らは苛立った。
「マインフューラーはここにはいません」
「どこだ! 総統はどこにいる! 答えろメイドッ!!」
「ナイン、その必要はありません」
 メイドは静かに抑揚無くそれだけ答えると、回し蹴りで男の短機関銃を蹴り飛ばし、その勢い
のまま裏拳を男の顔面に叩き込んだ。スカートが広がり、お下げが揺れた。そして男は倒れた。
「殺せ! こいつを始末して総統の捜索を続ける!」

 別荘を襲撃したうちの一人は入り口で見張りをしていた。寝室の方から銃声が聞こえた。男は
安堵の表情になった。これで長く辛い戦争が終わるのだと。
 もし生きて帰れたら自分は芸術家になろう。退廃芸術と呼ばれ禁止された作品製作に取り掛か
ろう。そんなことを夢想していた。
 そのせいか、彼は後ろから迫る気配に気がつかなかった。

3 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:44 ID:e0dy1LF2
 メイドの細い腕が彼の首に巻きついた。その細腕に恐ろしいほどの力が入り、彼は戦争の終わ
りを見ることなく絶命した。

 別荘を襲撃したリーダーと二人の男は、立て続けに鳴る銃声を聞いた。警備との撃ち合いは想
定していたので、そのことにはさほど焦らなかった。
 しかし、銃声が鳴ったあとは、ひたすらに静寂だけが残された。リーダーは妙に感じた。
 仲間たちが独裁者を捜索する「音」が聞こえなかったからだ。話し声、ブーツの踵の鳴る音、
ドアを開け放つ音、捜索に必然とついてくるはずの音が全く聞こえなかった。
 三人の前に、お下げを揺らしながら一人のメイドが現れた。
 血に赤く染まったブラウスと、黒のエプロンドレスのコントラストがメイドの少女を不気味に
引き立てた。
 長く東部戦線で戦ってきたリーダーは、戦慄を覚えた。37mm対戦車砲すら装備していない
自分たちに、ソ連の戦車T−34がキャタピラを鳴らしながら迫ってくる。あの時に感じた戦慄
と同じものを覚えた。
 これは危険だ。そう彼の生存本能が告げていた。
「撃て! 撃ち殺せ!!」
 リーダーたち三人は短機関銃の引き金を引いた。引き金を引き続けた。MP40は容赦無く9
mmの弾丸を吐き続けた。
 しかし、メイドはその全ての弾丸を避けた。身をよじり、屈め、低い姿勢のまま、恐ろしい速
さで三人の男たちとの距離を詰めた。まるで全ての弾丸の弾道が見えているかのように、無駄の
無い動きだった。
 メイドは一人の脛を蹴り骨折させ、倒れこむその男を盾に、残る二人に迫った。もう一人の短
機関銃を蹴り上げ、顔面に拳を打ち込んだ。最後の一人は撃ち尽くした短機関銃を捨て、拳銃を
抜こうとしたところで、メイドに首と手を掴まれた。
 華奢な細腕からは信じられない力が、最後の一人の首を締め付けた。
 意識を失う前に男が最後に見たものは、確かに間違いなく、宝石の様に青い瞳と、二つ結った
ブロンドのお下げが可愛らしい少女だった。

「シュペーア、ワルキューレはどうだったかね?」
「フューラー、予想以上です。完全にデーニッツ元帥の求める仕様を満たしてます」

4 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:45 ID:e0dy1LF2
「では早速、対艦兵器シュツルムマイトとして生産を開始させろ」
「しかし、昨夜の襲撃で性能を確認できたとは言え、まだ実戦を経たとは言い難いです。実際に
海戦で使ってみるまでは量産すべきでないと思うのです」
「シュペーア……、我々が最も必要としているのは何か分かるか? 時間だよ」
「ヤー、フューラー!」
「連合軍はノルマンディーに上陸した。我々は速やかにこれを撃退しなければならない。我々は
戦争をしなければならない、その為の力をドイツから最大限に引き出すのが君の仕事だ。使える
ものは何でも使うのだ。
 いいか、シュツルムマイトを生産させろ!」
「ヤボール! マインフューラー!!」

 第二次世界大戦において、ドイツ海軍は常に保有艦艇数の少なさに苦しめられていた。戦艦ビ
スマルクはライン演習作戦で沈没し、駆逐艦の多くもナルヴィク海戦で沈んだ。戦艦ティルピッ
ツはノルウェーのフィヨルドから出ることができずにいる。
 Uボートによる通商破壊作戦を指揮してきたデーニッツ元帥は、このドイツ海軍の窮状を救う
ために、ヒトラーに次の様な仕様の兵器の開発を要求した。
『敵艦艇を鹵獲する為の兵器、自立誘導で敵艦を補足し、艦艇そのものには傷をつけず乗員だけ
を攻撃が可能であること。更に、Uボートに搭載可能であること』
 デーニッツ元帥が、敵艦艇を沈めるよりも鹵獲した方が戦争の効率が良い、と考えた結果の新
兵器の仕様だった。
 海軍工廠の技術者たちはこの仕様に頭を悩ませたが、答えを出したのはアウシュヴィッツに主
任医師として配属されたヨーゼフ・メンゲレ博士であった。
 倫理を無視した数々の人体実験の犠牲者の果てに、対艦兵器試作一号「ワルキューレ」が完成
した。命名は、ヒトラーがこよなく愛したワーグナーのオペラからなされた。
 これは外科手術と投薬により、人間の持つ能力を最大限に高められた少女であった。単身で敵
艦艇に潜入し、優れた身体能力によって乗員だけを攻撃し、敵艦を制圧する。投薬によって記憶
は失われ感情は最低限まで抑制され、命令に従順であり、決して任務を放棄しない。悪魔の所業
によって創られた人間兵器だった。
 ドイツ海軍の切り札となった少女は、ベルヒデスガーデンのヒトラーの別荘でメイドとして仕
事に励み、従順さを試されているうちに、その恐るべき戦闘能力を現した。

5 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:46 ID:e0dy1LF2
 ヒトラーはワルキューレの出来栄えに大いに満足した。

 シュペーアには迷いがあった。軍需相として、戦争に導入可能な資源は何でも利用しなくては
ならないと、そう思っていたはずなのに、果たしてこの戦争はあんな少女を兵器にしてまで勝た
なくてはならないものなのかと思った。
 だから、ヒトラーの前で声を出して言えないが、それを早々に制式化し生産するなどというこ
とには反対だった。
「ワルキューレ、君はUボートに乗って戦争へ行き、実戦を経験する。君が成果をあげれば総統
閣下は喜ぶだろう」
「ヤー、シュペーア」
「だが正直言って私は気に入らない。君のような少女が、工場で生産される88mmPakの様
に、アウシュヴィッツから次々と出荷されていく様子なんて、おぞましくて考えたくもない」
「…………」
「困ることを言ってしまったようだね。すまない。無理はしなくていいんだ。任務はできる限り
でがんばってくれればいい」
「シュペーア、わたしはいつでも精一杯自分の仕事を果たすだけです」
 シュペーアはただ毅然と答えるワルキューレに頷いた。
「ワルキューレ、ふむ、戦闘機だって、もっと人間らしい名前があるんだ。
 いいかい、これから君に人間としての名前をあげよう。
 そうだな、エリーだ。これが君の固有名詞だ」
「ありがとうございます。シュペーア」

  ――北ドイツ、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン、キール。

 U2601はXXI型Uボートを元に設計されたワルキューレ運用艦である。XXI型はそれ
までのUボートの二倍以上の機動性を発揮する驚異的な性能の潜水艦であり、U2601はそこ
から武装を減らし、ワルキューレに必要な諸装備を搭載し居住性を高めた作りになっている。
 制式化された対艦兵器シュツルムマイトの生産と平行して、ワルキューレを使った訓練と実戦
が行われることになり、必要な資材が軍港キールに全て揃えられた。
 デーニッツ元帥は自ら提案した新兵器の仕様が、こんな少女だとは思いもよらず、戸惑った。

6 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:46 ID:e0dy1LF2
 しかし、仕様通りの性能であるならばそれでいいのだろう、とドイツ人らしく割り切った。
 U2601の指揮を任されたのは歴戦のUボートエースのヨアヒム・プリーン少佐であり、数
多くの通商破壊をこなし、駆逐艦との戦闘経験もあった。
 エリーはエプロンドレスではなく、ヒトラーユーゲントの制服に身を包んでいた。
 船医は特別に派遣された親衛隊大尉のカールという医師が勤めることになった。乗員の体調管
理だけではなく、ワルキューレの管理も勤めなければいけないので、ワルキューレに関する知識
が必要だったからだ。
「艦長のヨアヒム・プリーンだ。Uボートへようこそ、お嬢さん」
「ワルキューレです。よろしくおねがいします。プリーン少佐」
「ワルキューレ? それは兵装名だろう。君の名前はなんて言うんだい?」
「わたしは……」
『そうだな、エリーだ。これが君の固有名詞だ』
「エリーです」
「よろしく、エリー。居心地は最低に悪いが、総統の隣よりはマシだと思ってがんばってくれ」
 U2601に課された任務は訓練と連合軍駆逐艦の鹵獲である。
 メンゲレ博士の作り出した悪魔の兵器による戦いの序章を、軍港キールの灰色の空が彩った。

  ――北海、ユトラント沖。

 ワルキューレの運用法は人間魚雷のそれに似ていた。U2601の前部魚雷発射管を潰して作
られた小型潜水艇射出ハッチにワルキューレを配置後に注水。ワルキューレは小型潜水艇にまた
がる形でU2601から射出され、目標の艦艇に取り付き、鹵獲を行う。
 いかに驚異的な身体能力を誇るワルキューレでも、遊泳のみで敵艦に取り付くことが難しいだ
ろうと考えられ、この様な運用法に至ったわけである。
 速やかにこのための準備を行うには訓練を重ねる他無く、プリーン少佐は連日のようにストッ
プウォッチを片手に訓練を行った。
「五分だ。五分でできるようにしろ、チャンスは待ってはくれないぞ」
 エリーは、連日のように続く訓練と居住性の悪いUボート艦内に、疲労を隠せないでいた。
「艦長。あれは案外デリケートなのだよ。少しは休ませてやったらどうだ」
 船医カールは時折、このような訓練法に反対した。

7 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:47 ID:e0dy1LF2
「いや、駄目だね。慣れてもらわなくては困るのだよ。兵器だろうがお嬢さんだろうが、私の艦
に乗った以上はクリーグスマリーネだ。
 聞けば、海軍の訓練を全く受けていないそうじゃないか。いい機会だ、私が海軍とは何かを叩
き込んでやる」
「ヤー、わたしには艦長の訓練が必要です」
「軍需相殿からも言われてるんだ。あんまり無理するなよ」
 しかし、カールはエリーがどこか訓練を楽しんでいるようにも見えた。投薬によって感情を抑
制されてはいても、仲間たちと一体になって何かを成し遂げる快感は得えられるのだろうかと考
えた。

 U2601の乗組員たちはエリーの搭乗に驚いた。男ばかりの潜水艦に少女が、しかも兵士と
して乗組員名簿に登録されているのではなく、兵器として積荷名簿に登録されているのである。
 プリーン少佐や、カール医師などの士官は予め知っていたのでさほど驚くことは無かったが、
下士官以下の乗組員は驚きを隠せなかった。
「お嬢さんが新兵器のワルキューレってやつなのかい?」
 下士官イェンスは魚雷室を担当しており、そのせいもあってエリーが対艦兵器ワルキューレだ
とは信じられなかった。
「ヤー、エリーです。わたしがワルキューレです。よろしくおねがいします」
「うぅむ……、それで、どうやってエリーが敵の船を沈めるのかい?」
「鹵獲です。イェンス軍曹。敵の船の乗り込んで乗員を攻撃します」
「その細い腕で?」
「ヤー、わたしは戦うための訓練を十分に受けました」
 抑揚無く、毅然と答えるエリーにイェンスは戸惑うばかりだった。
 そこへ、ソナー担当の下士官エリクが現れた。
「イェンス、可愛い子見つけて口説きたい気持ちは分かるが、奥さんに何て言い訳するんだい?」
「馬鹿を言うな。俺は魚雷室担当だから、兵装の性能を知りたいだけだ」
「艦長から聞いたよ。大丈夫さ。武装した十人の男をエリーは素手で倒したらしいよ」
「このユーゲントの御澄ましお嬢さんを見てそれを信じろと言うのか?」
「なら試してみればいい。いいかいエリー、今からこのおじさんが君に襲いかかるよ。ここは密
閉された狭い潜水艦、逃げ場は無いよ」

8 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:47 ID:e0dy1LF2
「ヤー、エリク軍曹。イェンス軍曹が今からわたしに襲い掛かります」
 イェンスは筋骨隆々とした大男で、そのせいもあって魚雷室の担当になっている。
「エリク、冗談はよしてくれ。エリーも人聞きの悪いこと言わないでくれ」
「でも試すのにはこれが一番だろう? この艦で一番強いのは誰が見てもイェンスだ。いいかい
エリー、このおじさんはね、『駆逐艦なんて俺の拳で沈めて見せるぜ』ってこの前言ってたんだ
よ。実際、かなり強いよ」
「ヤー、エリク軍曹。イェンス軍曹は駆逐艦を素手で沈めるくらい強いです」
「酔ってる時の冗談を真に受けないでくれ……。そうだな、じゃあこうしよう。アームレスリン
グで力比べだ。これなら俺がエリーを襲わなくても試せるだろう?」

 エリーとイェンスの力比べは艦内をあげて盛り上がったが、結果はあっけないものだった。
「すげぇ、イェンス軍曹がこんなに簡単に敗れるとは」
「エリー、ちょっとだけ肩触らせてくれ」
「何考えてる! 変態野朗!」
「凄い力だぜ。駆逐艦を素手で沈めるなんて冗談、俺には無理だが、エリーならやれるかもな!」
「ナイン、イェンス軍曹。鹵獲です」
「頼むぜ、お嬢さん」
 イェンスは乱暴にエリーの頭を撫でて笑った。
 二つのお下げが揺れ、髪型が乱れたが、エリーは不思議と悪い気はしてなかった。
 鬱屈として何の娯楽施設も無い艦内では、エリーの存在は良いリラクゼーションとなっていた。
 エリーの態度は相変わらず抑揚の無い毅然としたものだったが、しかし、どこか楽しそうにも
見えた。投薬によって感情は最低限まで抑制されているとは言え、失われているわけではないの
だ。
 ワルキューレの管理を担当する船医カールは、この傾向を快く思った。
 それは自分の先輩にあたるメンゲレ博士によって、ワルキューレとして恐ろしい力と任務を与
えられたエリーに対し、同情していたからである。
 同情したからと言って、一人の親衛隊員である自分に何ができるわけでもないということをカ
ールは知っていたので、せめて苦しい思いをしない様にと願うだけだった。

「悪くないタイムだな。エリー」

9 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:48 ID:e0dy1LF2
「ヤー、艦長」
「だがこれで思い上がってはいけない。エリー、クリーグスマリーネとは何だ?」
「仲間であり兄弟であり家族です。艦長」
「どうして我々は戦う?」
「祖国ドイツのため、そして仲間を守るためです。艦長」
「世界で一番勇敢なのは誰だ?」
「クリーグスマリーネです。ドイツ海軍の潜水艦乗りが世界で一番勇敢です。艦長」
「エリーは? 君はどうなんだ?」
「わたしはワルキューレです。U2601の主兵装です」
「違う。エリーはクリーグスマリーネであり仲間であり兄弟であり家族だ」
「ヤー、艦長。わたしはクリーグスマリーネです」
「だからエリーもクリーグスマリーネの名に恥じないよう、勇気を持って任務に励まなくてはな
らない」
「ヤー、艦長。わたしは精一杯自分の仕事をこなします」
「よし、いい顔になってきた。今日の訓練はこれまでだ。ゆっくり休むといい」
「ヤー、艦長。ありがとうございます」

 U2601は訓練を続け、頃合を見計らって本艦を囮に連合軍の駆逐艦をおびき寄せ鹵獲する
つもりであった。
 この日、U2601は潜水艦隊司令部から電文を受信し、通信担当の下士官がエニグマ暗号機
でこれを平文に変換した。下士官は電文の内容に顔色を変えて艦長室に現れた。
「艦長! 司令部からです」
「いつもの天気予報か?」
「いえ……、今回のは違います」
「どれ、見せてみろ」
 下士官は変換した平文をプリーン少佐に手渡した。いつものように流し読みしようとしたプリ
ーン少佐の顔色が変わっていくのが、下士官には分かった。
「……、その……お悔やみ申し上げます。艦長」
「すまない、少し一人にしてくれ」
 下士官は無言で艦長室を後にした。

10 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:48 ID:e0dy1LF2
「艦長、艦内の換気のために浮上します。夜風に当たられてはいかがでしょう?」
「気を使うな、アルトマン副長。そんなに私が憔悴しているように見えたか?」
「えぇ、誰が見たって分かりますよ」
「歳のせいだな。好意に甘えよう。しばらくここは任せた」
 プリーン少佐はハッチを開き、甲板へと上がった。やや湿り気を帯びてるが、心地よい北大西
洋からの風が吹いていた。澄んだ夜空には月が映え、一時でも戦争を忘れることができそうな、
そんな風景だった。
 甲板には先客がいた。ワルキューレのエリーだった。北大西洋からの風に二つのお下げが揺れ
ていた。
「休まなくていいのか、エリー」
「ここの方が落ち着くのです。艦長」
 プリーン少佐は紙巻タバコを取り出した。
「一本いいかな」
「ヤー、わたしに気を使う必要はありません。艦長」
「クリーグスマリーネは皆家族であり、兄弟だ。私はそう教えられてきた。エリー、君はさしず
め私の娘と言ったところかな」
「光栄です。艦長」
「家族はいるのかい?」
「わたしにはアウシュヴィッツ以前の記憶がありません。艦長」
「そうか。私には娘がいたんだ。君と同じくらいの歳で、名前はヒルダ。ハノーファーにいたの
だが、空襲で亡くなった。昨日訃報が届いた」
「お気の毒です。艦長」
「私はどんな苦境にあっても、祖国の為にとの志は揺らいだことがない。祖国への忠誠、それこ
そが私を支えているのだと、ずっとそう思ってきた」
「艦長の忠誠心はマインフューラーも認めてます」
「ところがだ。娘を失ってみて分かったんだ。私には何も残っていないのだ。ドイツは敗れる。
戦争が終われば、私は家族を失った敗戦国の士官。何も残らないのだ」
「艦長……、それ以上はどうか慎み下さい」
「失って分かったんだ。私の忠誠心などはそんなものだということが」
「…………」

11 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:49 ID:e0dy1LF2
「君は強い娘だ。祖国に忠誠を誓っている。君ならば弱気になったUボートエースを励ましてく
れると期待していたのだが」
「わたしには家族が分かりません。艦長の気持ちも分からないのです」
「困るような話をして悪かったな。私が君の家族であり、U2601の乗組員全員が君の家族だ」
「ヤー、わたしの家族はU2601の乗組員全員です」
「失ってその大切さに気付いてからでは遅いのだ。私はU2601の艦長として家族のために戦
う。それこそがクリーグスマリーネだ」
「わたしも精一杯自分の仕事をこなします。艦長」

  ――アメリカ合衆国、ニューメキシコ州、ロスアラモス国立研究所

「ノイマン博士、確かに受領しました」
「素晴らしい作品だ。戦争を変える力を持っている。丁寧に使ってくれ」
「戦争を変える力、素晴らしい作品ですか……」
「そうだ。これさえあればアメリカの勝利は堅いだろう。この戦争も、これからの戦争もだ」
「一介の政府職員である私には理解できませんな」
「ふん。出世欲だけの俗物の君でも、目の当たりにすれば分かるというものだ」
「兵器としての性能は理解しているつもりです。確かにこれは素晴らしい兵器です。要求された
仕様を完全に満たしていると言えますね。
 私が理解できないのはそれが作品であるということです」
「自分で作り上げたものに愛着を抱くのは至極普通のことなのだよ。理解されないというのは悲
しいものだ」
「最終テストは私が行います。ノイマン博士はどうぞ研究を続けてください」

  ――ノルウェー海、ノルウェー沖。

 キールを出発してから、かなりの時間が経っていた。訓練は進み、そろそろ実戦でワルキュー
レを試す段階に入っていた。
「いいタイムだ。大分慣れてきたようだな」
「そろそろ駆逐艦の一隻でも捕まえてみますか?」

12 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:49 ID:e0dy1LF2
「うむ。ここからアイルランド沖に向かえば、Uボートを狙っている連合軍の艦艇が沢山いるだ
ろう。ウルフパックを行っている味方と連携しつつ、そこへ向かおう」
 U2601は進路を南に取り、アイルランド沖を目指した。
 華奢な少女が一人で、その身体能力のみを頼りに艦艇を一隻鹵獲するなど、荒唐無稽と疑う者
もいたが、エリーの恐ろしい腕力を知る者は、それは決して不可能なことでは無いと確信した。
 制式化が決まり、シュツルムマイトの名が与えられた兵器であるという事実も、ワルキューレ
を信じる要因となった。
「艦長、問題が起きた」
 アイルランド沖を目指して間もなくのことだった。
「どうしたドクトル? 食中毒か?」
「分かりやすく話すのが難しい事態なのだが、とにかく事実だけ言うと、ワルキューレ、つまり
エリーに投与する薬剤が底を尽いた」
「なんだそれは、十分に積み込んだはずではなかったのか!」
「そのはずだったのだが、感情抑制に使う薬剤だけがただのグルコース剤とすり返られていた。
箱から出して気がついたんだ」
「本当にもう無いのか?」
「あぁ、一本も残っていない」
「で、それが無いとどうなるんだ?」
「分からない。が、エリーが感情を抑制できなくなったらどうなるか、おおよその予想はできる。
 考えてみろ、少女がある日気がついたらいつ沈むか分からない狭いUボートの中だ。そして、
自分の任務は一人で敵艦艇の鹵獲ときた。既に何人か素手で殺してる罪悪感も顕著になるだろう。
 あんな少女がこんな状況で落ち着いていられるか? 最悪の場合、発狂するぞ」
「しばらくエリーの様子を見よう」

  ――北ドイツ、ベルリン、総統官邸。

 連合軍のベルリンへの空襲は日々激しさを増していった。ドイツの敗色は日々濃くなっていっ
た。
 宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスが演説を行い、市民の勇気を奮い立たせていた。
 そんな中で軍需相アルベルト・シュペーアは全く別のことを考えていた。

13 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:50 ID:e0dy1LF2
 そろそろあれが切れるころだろう。
 エリー、これが私の意志だ。私は君に戦争を頼りドイツ人の誇りを汚すくらいなら敗北を選ぶ。
シュツルムマイトもワルキューレも我々には必要ない。
 君はとても辛い状況に置かれるだろう。抑制された感情を取り戻したとき、戦うかどうするか
選ぶのは君だ。
 君は工場で生産される人形ではなくなる。ワルキューレではなく、感情を持つ一人の人間とし
て、エリーとして決断して欲しい。
 君に酷いことをし、それを更に繰り返そうとしているナチスが、ドイツがまだ信用に足ると思
えたなら、その時は一人の人間として立派に戦ってくればいい。
 それでも私は、君が戦うことは望まない。君を戦争資源にしようなどとは思わない。

「素晴らしい成果だ。シュペーア。我々は冬に大規模な反抗作戦を行う。ヨーロッパを蝕む連合
軍を叩き返す。
 君のお陰で工場の稼動効率は飛躍的に向上し、反抗作戦の準備は整えられつつある」
「光栄です。マインフューラー」
「ワルキューレも直に成果を出すだろう。シュツルムマイトの生産を急ぐようメンゲレ博士に伝
えてある。
 我々は歴史を変えるのだ。アーリア民族こそが世界を統べる唯一の選ばれた民族なのだ」

  ――ノルウェー海、シェトランド沖。

 エリーは抑制されていた感情の爆発に苦しんでいた。頭では自分が何故こうしているかが分か
っているはずなのに、どうしようもない恐怖に襲われて涙が止まらなかった。
 アウシュヴィッツでされた酷い実験、ベルヒデスガーデンでは素手で十人を殺し、狭い海中の
監獄Uボートに乗せられ、単身敵艦に侵入しそれを乗っ取るという過酷な任務。
 全てが少女には重過ぎた。
 何故こんなことになってしまったのか。そんなことばかりを嘆くようになった。
「ドクトル、助けて……。わたしはおかしくなってしまいそうです。モルヒネを……」
「駄目だ。君はどこもおかしくない。君はあれほど祖国ドイツに忠誠を誓ったではないか。感情
に振り回されてはいけないんだ」

14 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:50 ID:e0dy1LF2
「祖国、ワルキューレ、そんなものどうだっていいのです! 戦争なんてどうだっていいのです!
わたしは自分が誰かも分からないのです! 祖国なんてどこにも無いのです!!」
 いつだって毅然とした態度を崩さないエリーは、ヒステリックになっていた。この豹変に皆は
驚き、不安を隠せないでいた。
 プリーン少佐は、これではとても任務など無理だと判断し、キールへの帰港を決意した。
「君は艦長に何を教わった! 薬が無ければ何もできないのか? クリーグスマリーネこそが家
族であり故郷なのだろう!」
 娘も妻も恋人もいないカールには、どうしていいのかが分からず、感情のぶつけ合いしかでき
ずにいた。
 エリーはただただ声をあげて、涙を流し、泣くだけだった。
 家族。その言葉だけがエリーの頭の中で鳴り響いていた。

  ――ポーランド、ワルシャワ、一九三九年。

 わたしが住むポーランドという国は大変なことになっています。隣の国、ドイツが攻めてきた
のです。戦争が始まったと、みんな怖がっていました。
「大丈夫さ。フランスとイギリスが味方になってくれたんだよ。どんなに強くたって、一人で三
人は相手にできないだろう?」
 パパがそう言っていたので、わたしは怖がりませんでした。

 通りをドイツ兵が行進しています。
 パパはとても悔しそうな顔をしていました。
 ポーランドは戦争に負けたということが、わたしにもはっきりと分かりましたが、まだ、それ
が何を意味するかは分かりませんでした。

 パパは仕事を辞めさせられ、お金を取り上げられてしまいました。わたしたちは六芒星の腕章
をつけないと外も歩けなくなりました。
 隣のアパートに住んでいた人は追い出されてしまいました。
「次は私たちかも知れない」
 パパは悲しそうにそう言いました。

15 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:51 ID:e0dy1LF2
  ――ポーランド、ワルシャワ、ゲットー、一九四〇年。

 わたしたちは引っ越しました。荷物はトランク一つ分しか持たせて貰えませんでした。
 ここはとても人が多いところです。私たちはユダヤ人だからと、この狭い場所に押し込められ
てしまったのです。
 ヴワツロフさんが撃ち殺されました。理由は分かりませんでした。

 パパはドイツ人のお手伝いをすることで、食料を多く貰おうと考えました。
 あんなに仲が良かったマリノフスキーさんはパパを「裏切り者」と罵りました。
 毎日、辛くて辛くて仕方がありませんでしたが、友達のヤコブがわたしを慰めてくれました。
「お父さんは何も悪くないよ。元気出して、ね」

  ――ポーランド、ワルシャワ、ゲットー、一九四一年。

 毎日のように誰かが殺されてます。あるいは病で死んでいきます。もし、わたしやパパやヤコ
ブが病気になっても薬がありません。
 大勢が死んだのに、人は増える一方です。皆、辛そうにしてました。

 夜は絶対に出歩けません。ドイツ兵に見つかれば撃ち殺されてしまうからです。
 優しかったパパはもう優しくありませんでした。いつも厳しい顔をしています。
 わたしはユダヤ人ですが、ユダヤ人が嫌いです。精一杯生きようとしてるだけなのにパパを罵
るからです。ドイツ人はもっと嫌いです。

 ヤコブが静まり返った夜の街にわたしを連れ出してくれました。
 ドイツ兵に見つかるのは怖かったですが、それはとても静かで嫌なことを忘れさせてくれる美
しい風景でした。

  ――ポーランド、ワルシャワ、ゲットー、一九四二年。

16 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:52 ID:e0dy1LF2
 パパが殺されてしまいました。裏切り者というプラカードを首にかけられ、街灯に吊るされて
いました。
 パパを殺したのはドイツ兵ではなくユダヤ人でした。
 わたしは、パパが裏切り者だから吊るされたのだと言われました。
 わたしはとても悲しかったです。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか? 何が
いけなかったのでしょうか? わたしには何ができたのでしょうか?
 わたしが何を悩もうと、そこにあるのは理不尽で暴力的な現実だけでした。このゲットーでは
わたしはあまりに無力でした。

 大勢のユダヤ人が列車に乗せられて連れていかれました。わたしは隠れました。連れて行かれ
たら戻って来れないという噂があったからです。
「ドイツ兵が来るぞ。早く逃げよう! どこにいるんだ!」
 ヤコブがわたしを探しに来てくれました。でも、わたしは怖くて姿を現すことができませんで
した。
 ヤコブはわたしを必死に探してました。
「見つかれば殺される。連れて行かれたら、きっと戻れない。いるなら返事してくれ!!」
 わたしはただただ震えているだけでした。ヤコブと一緒に逃げることなんて、考えられません
でした。彼が嫌いだったからではありません。彼のことは大好きです。逃げることそのものがと
ても怖かったのです。
「おい、ここに誰かいるぞ」
 ついにドイツ兵がやってきました。
 ヤコブは抵抗しませんでした。彼は賢いので抵抗すれば簡単に射殺されることを知っているか
らでした。ヤコブは連れて行かれました。
 一部始終が終わるまで、わたしは震えていることしかできませんでした。
 ここにあるのは理不尽で暴力的な現実です。わたしはあまりに無力です。だから何もできなか
ったのです。ヤコブと一緒に逃げることさえできなかったのです。
 そう思うことにしたかったのに、あの時ヤコブと一緒に逃げていればもしかしたら、という考
えがわたしからは消えませんでした。
 圧倒的な現実の中でも、ヤコブを救う余地くらいはあったのではないだろうか。わたしは終わ
ってから悩み、後悔しました。努力くらいすべきだったのではと。

17 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:52 ID:e0dy1LF2
 何もできなかった無力な自分に悩み、何もしようとしなかった臆病な自分に悩んだのです。

  ――ポーランド、ワルシャワ、ゲットー、一九四三年。

 わたしは列車に乗せられました。列車は南へ向かっていましたが、行き先は分かりませんでし
た。

  ――ポーランド、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所。

 到着したのはアウシュヴィッツ強制収容所でした。
 列車を降りた後、わたしだけは他の人たちと別の場所に連れて行かれました。そこは、毎日の
様に叫び声が聞こえる不気味な棟でした。
 他の人たちがどうなったかは分かりません。ここには多くの人がやってきては消えていきます。

「お嬢さん、ようこそアウシュヴィッツへ。ブロンドにブルーの瞳、生粋のアーリア人だと言い
張れば総統閣下をうまく騙せるだろうね。
 私は人類の可能性を探求している医師だ。名前はヨーゼフ・メンゲレ、どうぞよろしく」
 若い医師はわたしにそう名乗りました。
「私は君の可能性を探求してみたい。失敗すれば多分君は死ぬ。生きていたとしても重い後遺症
を背負うだろう。
 だが、成功すれば君は超人類へと生まれ変わる。完全武装の一個連隊に値する力を手に入れる
だろう。
 今まで失敗続きで面白くなかったのだが、君ならばうまくいきそうな気がするよ。
 勿論、私の探究心を君が拒否することはできない。君は受け入れるしかない。君は感情も記憶
も殺し、圧倒的な暴力で現実を捻じ伏せる兵器となるのだよ」
 現実を捻じ伏せる力。わたしはそれに興味を持ちました。理不尽で暴力的な現実を捻じ伏せて
みたかったのです。何もできず、何もしなかった無力で臆病なわたしは力を渇望したのです。
 わたしは死の天使に祈りを捧げました。
「……、お願いします」

18 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:52 ID:e0dy1LF2
  ――ノルウェー海、シェトランド沖、一九四四年。

 感情を抑制するための薬剤が切れたせいか、エリーは記憶を取り戻しつつあった。
 しかし、その記憶はまるで他人のもののようで、誰かの回想録を読んでいるようだった。体験
の断片の継ぎ合わせ。確かに自分の記憶ではあるのに、自分のものであると思えなかった。自分
が圧倒的な暴力で現実を捻じ伏せることを望んだなんて、信じられなかった。
 感情の発露に苦しむエリー同様、エリーをどうすることもできないカールも苦しんでいた。
 カールはメンゲレがフランクフルト大学の助手を勤めていたころの後輩であり、メンゲレの遺
伝生物学の研究に少なからず関心を寄せていたが、まさかワルキューレを作るような悪魔の所業
に本気で手を出すとは考えておらず、その犠牲者とも言えるエリーには同情を寄せていた。
「艦長、落ち込んだ女性を励ます方法が分からないんだ」
「どうして君まで落ち込むんだ、ドクトル? 兵器だって人間だって具合が悪い時は具合が悪い
ものさ」
「とても辛そうにしているからさ。可哀想だとは思わないか?」
「誰だってそういう時はあるだろう。ここは人の死が日常の戦場なんだ。気にならないわけでは
ないが、気にし過ぎれば気がもたない」
 プリーン少佐は少し考えてから続けた。
「ヒステリーを起こしたお嬢さんというものは、一人にしておいてやればいいんだよ」
「そういうものなのか」
「彼女は立派なクリーグスマリーネだ。私が叩き込んだ。信頼して待っていればいい。時間が掛
かるかも知れないが、あんな薬など使わなくてもきっと立ち上がる」

 夜風にあたれる甲板は、五十人近くの乗組員がひしめく艦内に比べれば天国だった。そして、
エリーのお気に入りの場所であり、何か落ち込むことがあった乗組員の行き着く先だった。
 プリーン少佐に相談したものの、カールの心は晴れないでいた。そして、その足は自然と甲板
に向かった。
「エリー、ここにいたのか」
「…………」
 エリーは泣いてはいなかったが、月明かりに照らされたその表情が暗く重いことは、すぐに分
かった。

19 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:53 ID:e0dy1LF2
「ドクトル、わたしはユダヤ人です。祖国はポーランドです。わたしにはここで戦う理由も無け
れば、そんな勇気も無いのです」
「記憶が戻ったのか……」
「はい、自分でも信じられません」
「そうか、君はアウシュヴィッツから来たのだから、多分そうだろうとは思っていたよ。
 エリーは私たちが憎いかい? 君の祖国を奪い、それでも、まだ戦争を続けるドイツが憎いか
い?」
「いえ、今までドイツに忠誠を誓っていたのは本心です。でも、今はわかりません。本当は憎む
べきだと思うのです」
「君には力がある。その力をもってすれば、こんなUボートの一隻や二隻乗っ取ることなんて容
易い。私たちは君に酷いことをしてきた。私はここで君にその仕返しをされても仕方ないと思っ
ているよ」
「わたしは自分の記憶がまるで自分のもののように思えないのです。ある日突然、自分がユダヤ
人だと告げられても、理解ができないのです。
 ヒトラー総統はとてもよくしてくれました。癇癪持ちですが、優しいときはどんな紳士よりも
優しい人なのです。メイドとして仕えるわたしに、とても気を使ってくれました。
 シュペーアは誠実な人です。自分の仕事に全力を尽くす人で、総統に信頼されています。でも、
自分の信念は見失わない人なのです。彼はわたしに名前をくれました。彼はわたしが兵器として
戦うことに反対だったのです。
 そして、わたしは艦長もドクトルも好きです。U2601の仲間であり、大切な家族です。
 それなのに、今更憎めと言われても、そんなの無理です」
「君は自分のやりたいようにやればいい。恐らく薬をすり変えたのはシュペーア軍需相だ。人間
として、感情に苦しみながら自分で決断しろというメッセージだろう」

「あれ? エリーにドクトルじゃないですか。こんなところでどうしたのです」
 場の雰囲気を全く構わずに、ソナー担当の下士官エリクが甲板に現れ、声を掛けてきた。
「エリクこそ、何をしに着たのだ?」
「ドクトルがエリーに過ちを犯すんじゃないかと心配になって来たんですよ」
「馬鹿な! そういうことばかり言ってると、ゲシュタポに報告するぞ。私以外のSS将校なら
遠慮なく君を撃ち殺してるところだ」

20 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:53 ID:e0dy1LF2
「冗談ですよドクトル。ドクトルだけは冗談が通じるSS隊員だと思ってたのになぁ」
 ふぅ、と一息ついてエリクは続けた。
「実は悩んでいるのですよ。ドクトルはそっちのケアはしてくれるんですか?」
「専門ではないが聞くだけ聞こう」
「今、艦はキールに向かってます。到着したら結婚しようと思ったんですよ」
「おめでとう。それのどこが悩みなのだ?」
「今度の航海も長いと思って、それでじっくりプロポーズの言葉考えようと思ってたのですが、
予想外に早く終わりそうなので何も考えてなくて、全然思い浮かばないのです」
「エリク、それは悩みか?」
「ドクトル、私は真剣なんですよ。
 エリーはどう思う? 女の子だったら何て言われれば嬉しいかな?」
 自分によく似た名前の下士官に突然話を振られて、エリーは戸惑った。自分だったら何て言わ
れれば嬉しいのだろうか?
「『エリーはクリーグスマリーネであり仲間であり兄弟であり家族だ』と艦長に言われて、とて
も嬉しかったです」
「ありがとうエリー、全然参考にならなかったよ」
「家族……か、こういうのはどうだ? 『新しい家族として君を迎えたい』とか」
「あんまり格好よくないですが、悪くないですね。ありがとうございます、ドクトル」

  ――ノルウェー海、シェトランド沖、フレッチャー級駆逐艦「グリナート」

 グリナートは対潜能力を大幅に高める改装がなされている駆逐艦である。
 対潜哨戒機を搭載でき、対潜レーダーが増設され、通常の爆雷投射機の他にヘッジホッグとい
う多連装小型爆雷を装備している。
 そのグリナートの対潜レーダーはU2601の艦影を捉えた。
「Uボートです。この航行速度は……、恐らく新型です」
「こちらの存在に気づかれたか?」
「まだ気づいている様子は無いようです。攻撃しますか?」
『新型に間違い無いんだな』
「はい。通常のUボートはあの速度での水中航行は不可能です」

21 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:54 ID:e0dy1LF2
『解読した暗号通りだ。まだ、手を出すな。攻撃の合図は私が出す』

  ――ノルウェー海、シェトランド沖、XXI型Uボート「U2601」

 シェトランド沖を航行中に、U2601は連合軍の駆逐艦を発見した。艦内は緊張に包まれて
いた。
 U2601の元になったXXI型は、前部に六基の魚雷発射管を備えたUボートだったが、四
基の魚雷発射管が撤去され、そこにはワルキューレが敵艦に取り付くために乗る小型潜水艇が収
納されている。
 魚雷発射管は二基しか残っておらず、通常の戦闘に不向きな艦なのである。
「エリーはどうだ?」
「駄目だ、怖がってる」
「仕方ない、アルトマン副長、二〇〇mまで潜行させろ。やり過ごすんだ」
 U2601は艦首を傾けながら潜行を始めた。手際の良い命令と動作でバラストタンクに海水
が注入されていき、艦体が軋む不気味な音が聞こえた。
「怖がるのも無理は無いさ。誰だって怖い。私だって怖くてたまらないのだ」
 誰もが口を閉ざし、あるいは小さな声で喋った。それが、艦内の緊張感を更に高めた。
 エリーは恐怖のあまり震えていた。閉鎖され、極度の緊張を強いられ、怖がらずにはいられな
かった。艦体の軋み、滴る水滴、押し黙る乗組員、感情を抑制する薬無しでは、少女は平然とし
てなどいられなかった。
『怖くないよ。仕方ないな、パパが一緒に寝てあげるからね』
『大丈夫さ。フランスとイギリスが味方になってくれたんだよ』
『お父さんは何も悪くないよ。元気出して、ね』
『早く逃げよう! どこにいるんだ!』
『おい、ここに誰かいるぞ』
 怖い目にあった時の記憶が、エリーの中で次々とフラッシュバックしていった。逃げ出せるも
のなら、すぐに逃げ出してしまいたい。戦争なんて自分には関係ない。そう思わずにはいられな
かった。

「発見されました! 爆雷投下音です!」

22 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:54 ID:e0dy1LF2
「急速潜行! 深度二五〇!」
 U2601はついに駆逐艦に発見された。爆雷深度と圧壊深度のチキンレースが始まった。
 艦体が軋み、不気味な音が響いた。
 爆音が近づいてきた。
 艦体が揺れた。
 揺れが激しくなった。
 軋む不気味な音が大きくなった。
 浸水が発生した。
 乗組員たちが水浸しになりがら保守する。
「大丈夫だ。三〇〇までは行ける」
 大きな爆音が鳴った。
 艦体が激しく揺さぶられた。
 何かの部品が宙を舞った。
 電灯が点滅した。
 乗組員は皆、必死に何かにしがみついている。
 先ほどより小さな爆音が鳴った。
 艦体は揺れ、軋んだ。
 爆音は遠のきつつあった。
 ソナーからは不気味なスクリュー音が漏れた。
 爆音はさらに小さくなった。
「機関が一機故障しました」
「次が来るぞ。速やかに直せ」
「潜行、深度三〇〇」
 艦体の軋む音が大きくなってくる。水圧がぎりぎりと艦を締め付けた。
 爆音が近づいてきた。
 少しづつ、少しづつ。
 艦体は悲鳴をあげた。
 浸水は勢いを増した。
 揺れた。
 大きく揺れた。

23 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:55 ID:e0dy1LF2
 電灯が消え、非常灯がついた。
 大きな爆音。
 大きな振動。
 浸水。
 誰かが神に祈りを捧げた。
「新型だ。この程度では沈まない!」
 プリーン少佐は檄を飛ばした。
 爆音。
 振動。
 少しづつ、少しづつ小さくなっていった。
 爆音は遠のいて行った。
「被害は?」
「機関二機とも停止しました。排水弁も開きません」
「バッテリーは?」
「少し時間をいただければ、なんとかなりそうです」
「三五〇まで沈む前になんとかするんだ」
「ヤー!!」
「エリク、駆逐艦は?」
「我々を見失ったようです。離れていきます」
「そうか。バラバラになる前に安全深度まで戻るぞ。急げ」
「艦長。かなり爆雷の精度が高いですね」
「深度が読まれていたな」

「エリー、駆逐艦は去った。もう怖くない。だから泣いてないで、保守に努めるんだ」
「……うん」
 そう答えたもののエリーの涙と振るえは止まらなかった。
「前部室の浸水が酷い、手こずっている。君が行って助けてくるんだ。死にたくなければみんな
と協力してがんばるんだ」
 エリーは震える足で弱々しく歩き出した。
「がんばります……、ドクトル」

24 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:56 ID:e0dy1LF2
 前部にある魚雷室の浸水は酷かった。乗組員達は必死に浸水を止めようとしていた。
「ここは無理だ。密閉するしかない」
「そんなことできるかよ! イェンス軍曹が!」
 イェンスは半ば水没した魚雷室で、棚から崩れ落ちた533mmG7e魚雷数本の下敷きにな
って動けないでいた。
「いいから俺に構うな! 早く密閉するんだ。 艦が沈むぞ!」
 イェンスの窮状にプリーン少佐が駆けつけてきた。
「なんとかならないのか」
「申し訳ございません。艦長」
「くそう!」
 そこにエリーも弱々しい足取りでやってきた。
「がんばります……、まだ閉めないで」
 今にも泣きそうな掠れた声でそう言うと、エリーは水浸しの魚雷室へと入っていった。
「エリー、任せたぞ。急いでくれ。他の者は水密扉を閉める準備をするんだ」
 絶えず大量の海水が流れ込んでくる魚雷室で、エリーは魚雷を一本一本どかしていった。エリ
ーは数人掛かりでもどうにもならなかった魚雷を全て脇にどけると、イェンスの巨体を肩に担ぎ
魚雷室から出てきた。
 イェンスは怪我をしているらしく、すぐに医務室へ担ぎ込まれていった。
「よし、扉を閉めろ、魚雷室を密閉する」
 浸水は魚雷室を密閉することで食い止められた。

「エリー、よくやった。お陰でイェンスは命拾いした」
「…………」
 エリーはプリーン少佐のびしょ濡れのジャケットに掴まり、震えながら泣いていた。
「怖かったのか、エリー? 大丈夫、もう大丈夫だ」
 プリーン少佐はエリーの頭を優しく撫でてやった。それはまるで本物の親子のようであった。
 エリーはとうとう声をあげて泣き出してしまった。
「エリーはがんばった。イェンスを救って、艦を救ったんだ。泣くことなんて無いんだ」
 優しくエリーに語り掛けたが、それでもエリーが泣き止むことは無かった。
「泣き虫だな。いいさ、今のうちに沢山泣いておくんだ。好きなだけ泣けばいい。

25 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:56 ID:e0dy1LF2
 涙が枯れるまで好きなだけ泣けばいいさ。立派なクリーグスマリーネのエリーが泣き虫だった
なんて、恥ずかしくて皆に見せられないだろうからな」

 U2601は深度三五〇mに達する前に機関の一つとバッテリーを修理し、安全深度まで浮上
することに成功した。非常灯から通常の電灯へと照明が戻った。
 しかし、驚異的な水中速度は失われ、魚雷室が水没し、魚雷発射管が二つとも使えなくなって
しまった。残る武器はワルキューレだけとなった。
 次に襲われれば、おのずとエリーに頼らざるを得ない状況に陥ってしまった。
「艦長、奴がこのまま引き下がると思いますか?」
「そう簡単に狼を逃がす猟師じゃないだろう。どんなことをしてるのか分からないが、あれは恐
ろしく対潜技術の高い駆逐艦だ」
 エリーは現状を痛いほどよく分かっていた。次にあの駆逐艦が現れたときは自分がやらなくて
はいけないということ。そして、それはどんな暗く長い夜よりも怖いだろうということ。
 駆逐艦の爆雷に怯え、軋む艦内で震えて泣いていることしかできなかったとき、どうして自分
がメンゲレ博士に力を望んだのかを思い出した。
 それは理不尽で暴力的な現実を捻じ伏せ、大切なものを失わないように守りたいから望んだ力
だった。
 力があれば父親が殺されなかったかも知れない。ヤコブが連れていかれなかったかも知れない。
 震えて泣いていないで戦っていれば、イェンスが酷い怪我をしなかったかも知れない。
 そういう後悔をしたくないからこそ、命を賭けて力を望んだのだった。
 そして、彼女はU2601を守りたかった。高度な対潜能力を持つ駆逐艦から、この家族を守
りたかった。
「……ドクトル。わたしはワルキューレとしてこの艦を守るために戦います」
 言わなければいけないと分かっていて怖くて言えなかった一言を、エリーはようやく口に出し
た。エリーは震えていた。目には涙が讃えられていた。感情抑制の薬剤が切れる前の毅然とした
態度ではなかった。
「できるのかい? エリー」
「……ャ、ヤァ。わたしには力があります。精一杯自分の仕事をこなします。ドクトル」

「艦長、敵は恐らくアメリカ海軍のフレッチャー級駆逐艦です」

26 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:57 ID:e0dy1LF2
「エリク、君の耳を疑うわけでは無いが、しかしあの攻撃精度はフレッチャーの装備ではない」
「恐らく対潜換装されてます。爆雷残弾数の把握は難しいでしょう」
「アルトマン副長、機関士はどうだ? まだ潜れるか?」
「機関一機が修理不能で、今度潜ったら浮き上がらないと言ってます」
「水中の牢獄だな。発見されないよう祈るだけか」
「艦長、戦いましょう。わたしが敵艦を鹵獲します」
 戦う決意を固めたエリーが発令所に姿を現した。
「大丈夫か、エリー? 膝が笑ってるぞ」
「ヤー! アルトマン副長」
 声も震えていた。
「艦長と同じく、わたしには何も残ってません。U2601の家族のためにわたしは戦いたいの
です。祖国を奪ったのはドイツですが、艦長も副長もドクトルも艦のみんなも大好きなのです。
 わたしはクリーグスマリーネです。みんなのために精一杯自分の仕事をこなします」
 今にも泣きそうな声でエリーの決意が表された。
 アルトマン副長はその態度に不安を感じずにはいられなかった。
「大丈夫だアルトマン副長。君だって初めて攻撃を受けたときは泣いたではないか。誰だって怖
いのさ。
 エリーは立派なクリーグスマリーネだ」
「ありがとうございます。……艦長」
「エリー、泣いてるよ?」
 エリクはエリーの瞳から涙が一筋溢れるのを見逃さなかった。
「な、泣いてないです!」
 エリーは慌ててヒトラーユーゲントの制服の袖で涙を拭った。
「勇気が……、勇気が欲しいのです。力だけあっても、わたしには勇気が無いのです……」
「勇気か……」
 プリーン少佐は優しくエリーに語り掛けた。父親が娘にするように。
「世界で一番勇気があるのはドイツ海軍の潜水艦乗りだ。陸軍の兵士は怖くなれば逃げ出す。空
軍のパイロットだって……、まぁ、空にでも逃げればいい。だが、我々は逃げられない。水中の
棺桶で、二度と開かないかも知れない蓋をされた棺の中で何ヶ月も過ごさなければならない。
 だからドイツ海軍の潜水艦乗りは世界で一番勇敢なんだ。

27 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:57 ID:e0dy1LF2
 なぁ、そうだろ? アルトマン副長」
「はい、艦長」
「エリーはそんなドイツ海軍の潜水艦乗りでも、怖くて逃げ出したくなるような仕事をするのだ。
 おい、エリク。エリクは勇敢な潜水艦乗りだよな?」
「ヤー! 艦長」
「エリーと仕事代わるか?」
「無理です、艦長」
「勇敢なエリクでも無理のようだ。
 ドイツ海軍の潜水艦乗りで一番勇敢なのは私だ。私は何も恐れない。私には最後までクリーグ
スマリーネとして戦う覚悟がある。勇気は人の何倍も持ち合わせている。
 だからね、エリー。君に私の勇気を分けてあげよう。エリクでも恐ろしくてやりたがらない仕
事をするのだから、この有り余る勇気を君に渡す必要があるだろう」
 プリーン少佐はそう言うと、艦長室へ行き艦内に響く音量でレコードをかけた。曲はワーグナ
ーのオペラで使われた曲「ワルキューレの騎行」。対艦兵器ワルキューレはこのタイトルから取
られた名前であり、言わばエリーの曲であった。
「これは! わたしの大好きな曲なんです!」
「これが私の勇気だ。これさえ聴けば何も怖くない」
 戦没者を天界へ送る女神の騎行を表現した勇壮なファゴットとホルンの伴奏が、U2601艦
内に響き渡った。

 U2601は潜望鏡深度でアメリカ海軍のフレッチャー級駆逐艦を探していた。潜望鏡を覗い
ているのは、人間離れした視力と感覚神経を誇るエリーであり、彼女は悪天候のノルウェー海の
波の飛沫一つ一つまで見逃さず捉えた。
 エリクは駆逐艦のスクリュー音、U2601を探すために発するアクティブソナーのピンを聞
き漏らすまいとソナーに噛り付いていた。
「艦長、十時の方向に艦影が見えました。多分……、フレッチャーです」
 エリーは潜望鏡越しに艦影を捉えた。
「間違いないか? エリー。
 エリク、スクリュー音は聞こえたか?」
「いえ、海中では何も聞こえません」

28 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:58 ID:e0dy1LF2
「確認します。艦影は六時の方向を向いてます。マストが一本、煙突が二本、砲塔は前二つ、後
ろ二つ、艦橋は低い位置にあります」
 フレッチャーかどうか自信が無かったエリーは見える限りでその詳細を説明した。
「艦長、フレッチャーの砲塔は五つだったと記憶してます」
「アルトマン副長、改装されている可能性がある。砲塔を一つ外したのかも知れない。
 どちらにしろ駆逐艦には間違い無さそうだ。気付かれる前にやるしかないだろう」
 U2601は艦首を左に九〇°旋回させ、駆逐艦に接近することにした。
 エリーはヒトラーユーゲントの制服を脱ぎ、ウェットスーツに着替えた。水中作業用潜水服で
はなく、ウェットスーツ一枚で冬のノルウェー海に長時間潜ることは体温低下の危険を伴うが、
ワルキューレとして身体能力を高められたエリーにとって、最低限の保護と最大限の戦闘力を得
るために最適な戦闘服だった。
「エリー、小型潜水艇射出ハッチに注水が始まれば通信できなくなる。一回しか言わないから、
よく聞いておくんだ」
「ヤー、艦長」
 震えた声でエリーは返事をした。それは寒さのせいだけではなかった。
「射出されたら、まず海面に出て敵の位置を確認するんだ。見つかると警戒される。短い時間で
終わらせるんだ。
 その後、深度一〇mまで潜り駆逐艦に近寄るんだ。左舷中央で浮上し、船体によじ登る。
 ここまではいいか?」
「ヤー、艦長。左舷中央から潜入します」
「潜入してまずやることは電信室の破壊だ。フレッチャー級なら左舷中央から登った先にすぐ見
えてくるはずだ。艦橋の近く、マストの根元だ。
 携行する武器にパンツァーシュレックがある。それを使ってすぐに電信室を破壊するんだ」
「ヤー、艦長。電信室を破壊します」
「その後は艦橋と機関室を最初に占拠し、他の部屋もあらかた制圧するんだ。乗員はおよそ三百
人。完了したら、船体を叩いて合図するんだ。エリクがソナーでその音を捉えたら機関士を派遣
して動かせるようにする」
「ヤー、艦長。がんばります!」

 U2601はエリーでなくても、その艦影を確認できる距離まで駆逐艦に近づいた。

29 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:58 ID:e0dy1LF2
「エリー、仕事が終わってキールに戻ったら多分休暇が貰える。どこか行く場所はあるかい?」
「……ナイン、艦長。わたしはU2601の兵装として海軍に登録されているのです」
「大変な仕事をするんだ。休暇くらい貰っても構わないだろ。デーニッツ元帥に申し出てみよう。
あのおじさんは物分りがいいから、きっと許してくれるだろう」
「ありがとうございます! 艦長」
「私の実家はシュヴァーベンにあって、空も湖も綺麗なところなんだ。私は休暇中は実家に戻る
つもりだ。行く宛が無いなら遊びに来るといい」
「はい! きっと遊びに行きます」
「エリー、聞こえるか? カールだ」
「ヤー、ドクトル」
「エリー、無理するなよ。危険だと思ったら海に飛び込むんだ」
「大丈夫です、ドクトル。わたしは精一杯がんばれます」
「ドイツに戻りたくなければそのまま南を目指して泳ぐんだ。スコットランドのシェトランド諸
島に辿り着ける」
「ナイン、ドクトル。わたしはクリーグスマリーネです。家族や兄弟に泥を塗るわけにはいかな
いのです」
「そうか……、幸運を祈る」
「みんなのことが大好きなのです。わたしは絶対に戻ります」
 ハッチが閉鎖され注水が始まった。エリーはゴーグルだけをつけた。ここから水深一〇mを無
呼吸で駆逐艦へ近寄るのだ。
 小型潜水艇は名前だけの潜水艇で、その実は533mmG7e魚雷二本にワルキューレの携行
装備を入れる防水カーゴが取り付けられただけの粗末なものだった。信管と炸薬が抜かれ、操作
用のハンドルが取り付けられている。魚雷ほど速度は出ないがそれでも駆逐艦に追いつくには十
分な速度が出る。
 ハッチにはワルキューレの騎行の勇壮な伴奏が響いていた。冷たい海水は徐々にハッチを満た
していく。密閉された空間で徐々に上がる水位にエリーは恐ろしさを感じたが、決して泣かなか
った。
 ハッチはついに海水で満たされエリーは呼吸ができなくなった。ワルキューレの騎行も聞こえ
てこなくなったが、エリーはそれを頭の中で演奏した。
『これがわたしの勇気なんだ。これさえ聴けば何も怖くないんだ』

30 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:59 ID:e0dy1LF2
 小型潜水艇射出ハッチが開き、魚雷二機のスクリューが回り始めた。
 エリーの前には冬のノルウェー海の海中、漆黒の世界が広がっていた。海面付近は明るく、恐
ろしくも幻想的なグラデーションを作っていた。

  ――ノルウェー海、シェトランド沖、フレッチャー級駆逐艦「グリナート」

「魚雷発射管注水音です!! いや、それにしては注水量が多いです。新型兵器かも知れません」
「Uボートか! 方角は?」
「大よそ九時です。嵐が酷くて正確な場所までは分かりません」
「見えたか?」
「見えません。対潜レーダーにも反応はありません」
「スクリュー音を探知! 発射したようです!」
『ふむ、新兵器か……』

 エリーは小型潜水艇にまたがり、水面に向かった。海の外は雨と風が強く波が高かった。
 エリーは神経を研ぎ澄まし、遥か向こうの艦影を確認した。雨粒の一滴一滴、波飛沫の一滴一
滴の向こう側に大型の駆逐艦を見つけた。それは間違いなくフレッチャー級駆逐艦だった。
 12.7cmの艦砲四つを構え、重心の低い安定感のある船体を海面に浮かべていた。その威
容にエリーは圧倒されそうになったが、早くなんとかしなくてはU2601のみんなが危険な目
に遭うということを思い出し、勇気を振り絞って再び海中へ潜った。 
 水深一〇m、呼吸さえ許されない暗黒の世界をエリーは駆逐艦に向かって進んだ。これからや
る仕事は、どんな暗く長い夜よりも怖いことだと分かっていた。だから、エリーは頭の中でワル
キューレの騎行を演奏し続けた。
『だからね、エリー。君に私の勇気を分けてあげよう』
『これさえ聴けば何も怖くない』
 勇壮なファゴットとホルンの伴奏は次第にエリーを高揚させ、海中の暗さや海水の冷たさを忘
れさせていった。これが終わったら皆にわたしは精一杯やったと報告しよう。人間として、クリ
ーグスマリーネとして立派に戦ったんだと言おう。そう思いながら駆逐艦との距離を詰めていっ
た。

31 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 19:59 ID:e0dy1LF2
 エリーは駆逐艦の付近で魚雷二機の推力を止め、防水カーゴを切り離して海面に浮上した。
 目の前には波状の迷彩に塗装された大きな船体があった。
 カーゴを開き、防水カバーが掛けられている自動小銃、対戦車バスーカを肩に掛けると、鉤付
きロープを取り出して駆逐艦の手すりに引っ掛けた。ロープの一方はカーゴの中のトランクケー
スに結びついている。
 エリーは四mの喫水をロープを伝って一気に登り上げ、ロープを急いで手繰り寄せトランクケ
ースを甲板に持ち上げた。
 トランクケースを開くと、ウェストポーチが吊るしてあるサスペンダーと弾帯を取り出して装
着し、拳銃をサスペンダーについてるホルダーに収め、弾倉一つを自動小銃に取り付けると、残
り三つを弾帯に吊るした弾嚢に収めた。
 自動小銃FG42、7.92mmモーゼル弾80発。自動拳銃ルガーP08、9mmパラベラ
ム弾9発。対戦車バズーカRPzB54、88mm形成炸薬弾1発。これが、このフレッチャー
級駆逐艦、乗員およそ三百名を制圧するために使える全ての武器である。
 準備は整えられた。最後に必要なのは開戦の狼煙である。
『やり遂げる力がある。わたしには理不尽で暴力的な現実を捻じ伏せ、大切なものを失わないよ
うに守り抜く力がある。どうか戦う勇気を……』
 エリーはトランクケースに最後に残った88mm形成炸薬弾を対戦車バズーカに装填し、駆逐
艦のマストの根元、電信室に狙いを定めた。
『これがわたしの意志です』
 エリーは引き金を引いた。ロケット推進で飛び出した形成炸薬弾は電信室を直撃し、轟音と共
に火柱が上がった。

 嵐のせいか誰にも見つからずに潜入できた。そして予定通り電信室を破壊した。すべてが順調
なはずなのに、エリーは不安に駆られた。
 この駆逐艦はまるで幽霊船のように静まり返っていたからである。
 電信室への攻撃による轟音が鳴っても、誰一人乗組員が現れないのはおかしなことだと思った。
 エリーは甲板から艦橋へと続く重い扉を開き、慎重に中に入った。
 鉄製の階段に金属的な足音を鳴らしながら、素早く艦橋に向かった。
 艦橋の扉を開くと、そこには誰もいなかった。いや、一人だけがそこにいた。それは水兵でも
なく、機関兵でもなく、通信兵でもなく、砲兵でも対空兵でもなく、士官でもなかった。

32 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:00 ID:e0dy1LF2
 そこにいたのは一人の少女だった。

『ようこそフレッチャー級駆逐艦グリナートへ! ストームメイデン、いや、ヴァルキリーのお
嬢さん』
 少女がそう喋った。一見そう見えるが声は明らかに男性のもので、ノイズが混じりこもった音
だった。
『私はOSS、合衆国戦略諜報局の諜報官ジェリー・クライブだ。そして君の目の前にいるのが
今から君と戦うことになる機械化歩兵のジュディだ』
 少女はまるでスピーカーから発するようにそう言うと、手に持っている重機関銃M2ブローニ
ングを構えた。それはとても少女の力で、人間の力で手に持って構えられるような代物ではなか
った。
 しかし、エリーの目の前にいる少女はそれを軽々と持ち上げ、そして構えていた。
 顔の造形は美しく、ブラウンのショートヘアが似合う少女がアメリカ陸軍の野戦服を身に纏い
重機関銃を構えている。それはとても奇妙な光景だった。
『驚くのも無理ないだろうね。でもそれはお互い様だよ。たった一人で駆逐艦を制圧しようとす
る女の子がいるなら、重機関銃を軽々と構える女の子がいたっておかしくないだろ?』
 エリーの人間離れした視覚で、ジュディの滑らかな肌は人間のものでないことが分かった。
『始める前にジュディについて話そう。彼女が生まれたのはロスアラモス研究所。生みの親はノ
イマン博士とアメリカ合衆国が誇る優れた機械工学だ。
 マンハッタン計画で使う高度な電算機を応用して、自立戦闘可能な人形を作ったんだ。
 ノイマン博士の電子工学で作られたコンピューターってやつがこれを可能にしたんだよ。
 最前線のパットン将軍の要望でね。戦車に随行可能で自立戦闘ができる兵器、そういう仕様が
求められてジュディが生まれたんだよ。
 機械化歩兵試作一号。それがジュディだ』
 ジュディは人形だった。彼女の口はスピーカーに過ぎなかった。
『OSSの情報収集能力は優れている。我々が機械化歩兵の計画を進めている時に、ドイツで対
艦兵器の計画が進められていることを知ったんだ。その試作一号が君だ。
 艦艇を破壊するのではなく、それを鹵獲して戦争資源にする。実に馬鹿げているが、実現すれ
ば、それはとても恐ろしいことだ。

33 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:00 ID:e0dy1LF2
 エセックス級空母一隻造るのにいくらかかると思う? 七三〇〇万ドルだ。搭載機まで含めれ
ばこれはおよそ二倍になる。改装費用を含めればさらに膨大な額になる。
 それを易々と奪わせてしまっては、軍に対する議会の不満を煽ることになる。
 だから私は君をこの駆逐艦におびき寄せた。なかなか出て来ないものだから爆雷まで投下して
ね。
 私の任務は君を捕獲すること、できなければ殺すこと。
 熟練兵を失うわけにはいかないから、乗組員は全員退艦させてある。ジュディは思う存分暴れ
て君を大人しくさせるだろう』
 ジェリーという諜報官はエリーを捕獲するために駆逐艦一隻を囮にしたのだった。
『大人しく捕獲されるなら手荒な真似はしない。一通り検査を受けてくれれば、後はカリフォル
ニアかフロリダで悠々自適に暮らせばいい。
 だが、抵抗するならば、本当にジュディと戦うことになる。
 我々と一緒に来るか? ヴァルキリー。
 答えは、イエスか? ノーか?』
「ナインッ! わたしはクリーグスマリーネとして戦う!!」
『そうか、それは残念だ。ジュディを侮らない方がいい。
 超大国、アメリカ合衆国の力を思い知ることになるだろう』

 戦闘開始の合図は無かった。ジュディは無表情のまま、何の予備動作も無く引き金を引いた。
 一秒間に十発放たれる12.7mmの弾丸は容赦なくエリーに襲い掛かった。
 しかし、ジュディが引き金に力を入れた瞬間から、エリーは自らの感覚を限界まで研ぎ澄まし、
身を屈め、飛びのいて全てを避けた。重機関銃の射撃音と強烈なマズルフラッシュは空気を引き
裂き、弾丸は壁に突き刺さった。
 エリーは飛びのきながらも自動小銃で反撃を行った。7.92mmの弾丸は一発も外れずジュ
ディに突き刺さった。
 ジュディの弾丸、エリーの弾丸、跳弾、薬莢、すべてをエリーは感覚で捉えた。
 ジュディの体に三発の弾丸が突き刺さったが、しかし、彼女はそれでも倒れなかった。
『そんな弾じゃジュディの前面装甲は貫けないよ。戦車に随行する機械化歩兵が銃弾程度で倒れ
たら、話にならないからね』
 エリーの放った弾丸はジュディの野戦服に穴をあけただけだった。

34 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:01 ID:e0dy1LF2
 ジュディは銃身を加熱させないために銃撃を止めた。
 エリーはジュディを射撃した。
 狙いは顔面。
 ジュディは弾丸を腕で受け止めた。
 再びジュディの射撃が始まった。
 硝煙で視界が霞む。
 ジュディの射撃の正確性が増した。
 全ての弾丸を避けようとした。
 エリーの運動神経が悲鳴をあげた。
 避けきれない弾は、自動小銃を盾にして逸らした。
 ストックが割れ、銃身が歪み、火花を散らして破片が飛んだ。
 ジュディは再び銃身を冷やすために銃撃を止めた。
 エリーはありったけの勢いで、自動小銃の銃身でジュディを殴りつけた。
 右上から顔面を狙った。
 ジュディは左手でそれを防いだ。衝撃がジュディを襲ったが、しかし倒れなかった。
 エリーは右手を自動小銃に預けたまま、左手で拳銃を抜いた。
 至近距離からジュディの顔面を撃った。
 ジュディは重機関銃から右手を離し、その腕で弾丸を受け止めた。
 そして、接近したエリーを蹴り飛ばした。
 エリーはそれを防げず弾き飛ばされた。
『賢い子だ。ジュディの弱点は確かに頭部だよ。だが、自分の弱点をそう易々と攻撃させるジュ
ディではないよ』
 ジュディは落とした重機関銃を拾おうとした。
 エリーはすぐに体勢を立て直し、拳銃でジュディを射撃した。
 重機関銃のグリップ、ジュディの右手に弾丸が命中した。
 トリガーとジュディの人差し指が、弾け飛んだ。
 重機関銃とジュディの指は使えなくなった。
『なるほど、武器を封じればいいと思ったんだね』
 機械化歩兵のジュディは指を失ったことに全く動じる様子は無かった。
 何の予備動作も無く、跳躍一つでエリーと間合いを詰めた。

35 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:01 ID:e0dy1LF2
 エリーは拳銃で応戦しようとしたが間に合わなかった。
 ジュディはエリーに体当たりを食らわせた。
 エリーは背後の壁とジュディの体当たりに挟まれた。
 最低限まで痛覚を抑制しているはずなのに、体に痛みが走った。
 ジュディはエリーのサスペンダーを掴むと、エリーを勢い良く艦橋の窓に叩き付けた。
 エリーは窓を破り、艦橋から甲板へ落ちた。
『いくらその潜在能力を引き出したからと言っても、人間には限界がある』
 ジュディは破れた窓から甲板へ飛び降りた。
『兵器は人を殺すためにある。戦車や戦闘機、それは戦うために特化した形であり、人間はそう
ではない。
 だから人間は兵器には敵わない。
 ヴァルキリー、ポーランドで平和に暮らすために生まれてきた君の体では、戦争の中で戦うた
めに生まれてきたジュディの体には敵わないよ』
 甲板には止むことなく塩水混じりの雨風が叩きつけられていた。

 エリーは恐怖にかられた。自分を痛めつける力を持ち、自分を痛めつけてくるジュディがとて
も怖かった。
 泣きたかった。またプリーン少佐にしがみついて泣きじゃくりたかった。優しく頭を撫でて欲
しかった。
 もう逃げてしまいたかった。U2601に戻って、みんなで一緒にキールに帰りたかった。
 しかし、自分に少しでも勇気が残ってるなら、と頭の中でワルキューレの騎行を演奏した。
 これ以上逃げることはできない。今度こそ自分は大事なものを失ってしまう。今、ここでジュ
ディを倒し、任務を果たさなくてはならない、と思った。
 口の中を切ったせいか血の味がして、その生臭い味と痛みがエリーの気を保つのに役立った。
 エリーは勇気を奮い立たせ、しっかり立ち上がり構えた。
『拳銃も自動小銃も失ってしまったね。これで素手対素手だ』
 ジュディはエリーに向かって一直線で走ってきた。
 甲板は濡れ、滑りやすくなっていたがそれでも構わず、全速力で走ってきた。
 ジュディの体当たりをエリーは体を左に逸らして避けた。
 そして、横から右脇腹を狙い拳、肘、膝を叩き込んだ。

36 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:02 ID:e0dy1LF2
 ジュディは僅かによろけたが、すぐに向き直り、左フックを放った。
 エリーは雨の一滴一滴、波飛沫の一滴一滴を捉える感覚神経で、その左拳を捉え、受け流した。
 右拳、左拳、膝、至近距離からジュディは次々と攻撃を繰り出した。
 エリーは全てを受け流すか避けた。
 ジュディの右ストレートがエリーのガードに直角に入った。
 エリーはその衝撃に弾き飛ばされた。
 倒れたが、すぐに起き上がった。
『なるほど、優れた感覚神経だ。ジュディの連撃をあそこまで捉えるとは』
 ジュディは回し蹴りを放った。
 エリーはそれを屈んでかわし、軸足にローキックを放った。
 しかし、ジュディの軸足は刈れなかった。
 ジュディは体の回転を生かし、そのまま左拳の裏拳でエリーを打ち据えた。
 エリーはそれを左腕で防いだが、重い衝撃によろけた。
 ジュディはさらに体の回転を生かし、体重の乗った重い回し蹴りを放った。
 その攻撃を受ければどうなるか、エリーは頭の中でリアルに想像した。
 エリーは後ろの飛びのいてそれを避けた。
 ジュディはバランスを崩しよろけた。
 エリーは再び距離を詰め、至近距離からジュディの腹に膝、顎に肘を叩き込んだ。
 ジュディの下顎は外れて飛んでいった。
 確実に頭部に入れた一撃に、エリーは勝利を確信した。
 機械化歩兵は下顎を失っても全く動じず、エリーに予備動作無しの右ストレートを放った。
 その攻撃をもろに受けたエリーは弾き飛ばされ、砲塔に叩きつけられた。
 体に激しい痛みが走った。

『確かに君は素晴らしい感覚神経を持っているし、ジュディを凌ぐスピードと体の柔らかさを持
っている。
 しかし、戦いで最も重要なのはそんなものではない。
 パワーだ。
 ドイツ軍は電撃戦というスピードで戦ってきた。ポーランドやフランスはそのスピードに屈し
た。

37 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:02 ID:e0dy1LF2
 だが、ソ連はどうだ? 圧倒的なパワーを持つソ連に電撃戦というスピードは通用したか?
 所詮、君のスピードも感覚神経もジュディには通用しないのだよ』
 下顎を失い、顔の造形が美から一転してグロテスクになったジュディは、それでも流暢に喋り
続けた。
『君は強い。だから、上手に気絶させて捕らえることなんてできるとは思わない。これ以上抵抗
するなら君を殺すことになる。
 降伏するなら今のうちだ。
 ドイツは敗北する。今更そんな国のために戦って何になる? どんなに君が強くても戦局は覆
らない。ベルリンの廃墟とニューヨークの摩天楼を比べてみろ。分かるはずだ』
 エリーは降伏したい誘惑にかられた。自分はこんなにも痛いのに、どんなに攻撃しても痛みを
全く感じないであろうジュディに勝てる気がしなくなってきた。
 エリーの優れた感覚神経は、ジュディの攻撃を捉えることはできても、その一発一発の重い攻
撃全てを防ぐことは無理だった。
 速さは確かにエリーに分があるが、全く疲労を感じないジュディが、徐々に動きに精彩を欠い
てきたエリーに追いつくまでにそう時間は掛からないだろうことは明らかだった。
 ついにエリーは逃げ出した。
 艦橋の根元から船内に入り、狭い廊下を走り続けた。
 エリーがたどり着いた先は機関室。行き止まりだった。
 そこでエリーは発電機のブレーカーを落とした。船内は非常灯の明かりだけが弱弱しく照らす
薄暗い空間になった。
『逃げたのか? それとも暗い場所に誘い込めばジュディの攻撃精度が落ちるとでも思ったのか?
 光学装備はドイツの専売特許ではない、ジュディは暗視装置を持っているんだ。無駄な足掻き
というものだよ』

 エリーは今から自分がやろうとすることがとても怖かった。震えが止まらないほどだった。
 しかし、この駆逐艦にいるのが三百人の乗組員でも一体の機械化歩兵であっても、この船を鹵
獲するのが自分の仕事であることに変わりはなく、速やかにそれをこなさなければU2601の
皆を危険に晒すことになる。
 エリーは決意を忘れなかった。例え死ぬことになっても、最後まで人間として、クリーグスマ
リーネとして戦い抜いて、兄弟であり家族である仲間を守り抜こうとする決意。

38 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:03 ID:e0dy1LF2
 ウェストポーチから多機能折り畳みナイフ、山岳師団が採用しているアーミーナイフを取り出
し握り締めた。
 エリーは覚悟を決めた。
 間もなく機関室の入り口にジュディが現れた。
『逃げられると思うなよ、ヴァルキリー。
 これが最後の勧告だ。大人しく降伏しろ』
 薄暗い機関室をジュディは中ほどまで進んだ。
「ナインッ!!」
 発電機の陰からエリーがジュディに飛び掛った。
 手にはアーミーナイフが握られている。
 エリーはジュディの下顎の無い口にアーミーナイフの短い刃を突き立てた。
 ナイフは直角に根元まで刺さった。
 さらにエリーはナイフを抜かず、そのままジュディに体当たりを食らわせた。
 ジュディは体勢を崩しながら壁に押しやられた。
『見事な不意打ちだ。ジュディの頭内を直接攻撃しようということか。
 だが、残念ながらその短いナイフじゃ届かなかったようだね。
 見ての通りジュディは健在だ。
 さぁ、終わらせようか、ヴァルキリー』
「ヤー、終わらせる! ジーク! グロスクリーグスマリーネッッ!!」
 エリーはそう叫ぶとジュディの口に刺さったアーミーナイフを右手で握ったまま、左手で壁に
あるブレーカーのスイッチを入れた。
 エリーは衝撃で弾き飛ばされ、ジュディは大きく痙攣した後動かなくなった。
 エリーの体には被覆を剥かれた送電ケーブルが巻きついていた。

 エリーは自分の体に送電ケーブルを巻き、たっぷり海水を含んだウェットスーツを着た自分の
体を導体にして、アーミーナイフという電極をジュディの頭部に差し込み、発電機から流れる高
圧電流をジュディの頭部に流し込んだのだった。
 ジュディの頭部では絶縁破壊が起こり、人形の体を制御することができなくなっため、動かな
くなった。
 エリーの強化された筋肉は、高圧電流の感電による無条件反射を起こし、瞬間的に収縮した。

39 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:03 ID:e0dy1LF2
それによって彼女は弾き飛ばされて気絶した。
『なんてことだ! ジュディが破壊されるとは、開発には膨大な予算が使われたのに!
 仕方ない、実戦には耐えなかったと報告するか』
 動かなくなった口からは、それでもジェリーの言葉が流れた。
『実に見事だったよ、流石は偉大なるドイツ海軍だ。
 しかしね、ヴァルキリー。私は任務に失敗したことが一度だって無いのだよ。それがOSSで
の私の評価なんだ。
 今回の任務には私の昇進がかかっているんだよ』
 エリーは気絶しており、ジェリーの声にも起きることはなかった。
『この駆逐艦、グリナートの火薬庫には爆薬が仕掛けられている。それに点火させればグリナー
トは一瞬で沈むだろう。
 君には目覚めることなくグリナートと運命を共にして貰う。
 さよならだ、ヴァルキリー』
 グリナートの火薬庫で爆薬が破裂した。
 次々と炎が引火していき、それは大爆発となり、轟音と激震がグリナートを襲った。

  ――ノルウェー海、シェトランド沖、XXI型Uボート「U2601」

「艦長!! 爆発です! フレッチャーが爆発を起こしました!」
 ソナーを担当する下士官エリクが叫んだ。
 プリーン少佐は黒煙を巻き上げ炎上するフレッチャー級駆逐艦を、潜望鏡で確認した。
「火薬庫だ。これは沈むぞ、エリーから何か合図はあったか?」
「いえ、突然爆発したのです。エリーからは何の連絡もありません」
「うまく脱出できていればいいが」
 駆逐艦は船体を二つに折り、間もなく冬のノルウェー海に飲み込まれていった。
「渦が引いたらエリーを捜索するぞ」
「はい、艦長。しかし、急がなくてはなりません」
「分かってる、アルトマン副長。この海域に他の駆逐艦がいないとは限らない。一時間で見つか
らなければ、その時は……」
 沈没の渦が引くと、U2601は浮上しエリーの捜索を開始した。

40 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:04 ID:e0dy1LF2
 雨は雪に変わり、風は弱まっていた。極寒の海に本格的な冬がやってきた。
 沈没現場には駆逐艦の破片ばかりで、エリーはおろか駆逐艦の乗組員さえ居なかった。
 一時間半行われた捜索は打ち切られ、U2601はキールへと進路を取った。
「ドイツへ戻りたくないから姿を消したと思いたい。エリーはユダヤ人なんだ」
「ドクトル、私もそう思いたい。だがエリーはクリーグスマリーネだ。死んだなどと思いたくな
いが、しかし、彼女は逃げるような人間じゃない」
 U2601は無事にキールに帰港した。
 プリーン少佐はワルキューレを失った責任を取らされ、謹慎処分とされた。罷免を免れたのは
デーニッツ元帥の温情からである。
 親衛隊大尉の医師、カールはミュンヘンに配属された。
 アルトマン副長はU2601の艦長となり、修理が終わるまでの休暇を得た。
 ドイツではエリーらしき水死体が発見されたとの報は無かった。

  ――ドイツ、一九四五年。

 ドイツ最後の反攻作戦「ラインの守り」は連合軍相手に緒戦の優位を維持できず、燃料不足に
苦しみ頓挫した。
 四月、ベルリンはソ連軍に包囲され、ヒトラーは総統官邸地下壕で自殺した。
 後継者にはデーニッツ元帥が選ばれ、降伏交渉に尽力した。
 シュペーア軍需相は、ヒトラーの「ドイツは滅びるべき」とのドイツの生産設備を全て破壊す
る命令を受けたが、無視し続けた。
 五月七日、ドイツは連合軍に無条件降伏した。
 アウシュヴィッツの主任医師、ヨーゼフ・メンゲレ博士は戦後アルゼンチンへ亡命し行方知れ
ずとなっている。
 資料は全て燃やされており、ワルキューレやシュツルムマイトの詳細を知ることは不可能とな
った。

 修理を終えたU2601はワルキューレを搭載しないワルキューレ運用艦となったので、練習
艦にされ、アルトマン艦長のもと訓練に使われた。
 終戦と同時に自沈し、引き揚げは行われていない。

41 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:04 ID:e0dy1LF2
 親衛隊大尉のカール医師は連合軍に拘束され、裁判を受けることとなった。
 プリーン少佐は連合軍の訴追を免れ、シュヴァーベンの実家で農業を営んでいる。
 U2601の乗組員たちは皆潜水艦を離れ、それぞれの道を歩んでいた。エリクのプロポーズ
が成功したかどうかは定かではない。

  ――アメリカ合衆国、ニューメキシコ州、ロスアラモス国立研究所

「ジュディを壊しただと! これだからアメリカ人はものの扱い方が乱暴だと言われるんだ!
 あぁ、私の素晴らしい作品が、愛しの娘が……」
「ジュディは戦闘に耐えなかったのですよ。ノイマン博士。女の子一人にさえ敵わなかった」
「それで、ジェリー、君が来た理由は訃報を届けに来ただけではないのだろう?」
「えぇ、博士。博士の愛すべき息子二人を受領しに着ました」
「マンハッタン計画は順調だったよ。やはり、予算があれば研究は進むというものだ。
 これが私の作品、『ファットマン』と『リトルボーイ』だ。使い方は簡単、目標に向かって落
とせばいい」
「確かに受領しました。あまり御自分の作った兵器に愛着を持たない方がいいですよ」
「出世しか頭に無い俗物が余計なお世話だ。君に理解して貰おうなどとは思ってないよ」

  ――南ドイツ、バイエルン、シュヴァーベン、一九四五年。

 この地方は、六年もの間戦争に耐えてきたのが嘘のように美しかった。アルプスの麓、澄んだ
空と湖、木々に覆われた深い森、ドイツで最も美しいところと言われている。
 ヨアヒム・プリーンは終戦後、もはやクリーグスマリーネと呼ばれなくなった海軍を離れ、空
襲で娘を失った悲しみを抱えたまま、この地でひっそりと暮らしていた。
 妻は産褥で既に亡くなっており、家族と呼べるのはこの地で一緒に暮らす年老いた両親だけだ
った。
 深い森が映える澄んだ湖とは裏腹に、プリーンは鬱屈とした日々を過ごしていた。
 シェトランド沖でエリーを失ったのを皮切りに、海軍では閑職に追いやられ、ドイツは敗北を
喫し、戦争が終わってみれば笑顔で迎えてくれる娘もいなかった。彼には本当に何も残っていな
かった。

42 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:05 ID:e0dy1LF2
 鋼鉄の棺の中に、信頼できる仲間たちと一緒に押し込められ、その仲間たちを家族と呼んで一
緒に戦っていたころを懐かしんだ。
 今日も多くない仕事を終えると、プリーンは紙巻タバコに火をつけた。太陽がアルプスに沈も
うとしている時だった。
 丘陵に建てられた家の中で黄昏時をタバコで楽しんでいると、玄関をノックする音が鳴った。
 珍しい訪問者に、プリーンはアメリカ軍が何かの用事で来たのかと想像した。
 玄関を開けた彼は驚いた。
 訪問者はエリーだった。
 ブラウスにプリーツスカート、編み上げブーツのその姿は今まで見たエリーの中で最も女の子
らしいものだった。ブルーの瞳とブロンドの二つのお下げによく似合っていた。
「エリー!?」
「艦長!! やっと戻れました」

 プリーンはエリーを中に招き入れた。
「折角来て貰ったのに何も用意できないんだ。すまないね」
「気を使う必要はありません、艦長」
「私はもう艦長でも少佐でも無いんだ。プリーン、もしくはヨアヒムと呼んでくれていい」
「ヤー、艦長……ヨアヒム」
「あの時は本当に済まなかった。いくら捜索しても見つけることができなかったんだ」
「ヨアヒム……、わたしこそ、クリーグスマリーネが、皆が大変な時に戻ることができず申し訳
ないです」
「もし良ければ聞かせてくれないか? あの時どうなったかを、どうやって戻ってこれたかを」
「ヤー、ヨアヒム。言い訳にするつもりはありませんが、全て話します」
 エリーはジュディと戦い、送電ケーブルとアーミーナイフで倒したところまでを話した。

 わたしは感電して気絶したのです。
 どれだけ気を失っていたか分かりませんが、気がつけば機関室は完全に水没してました。
 わたしは何とか泳いで機関室、駆逐艦から脱出した時、そこが海の中だと分かりました。とて
も暗くて、怖くて、それでもヨアヒムやドクトル、U2601のみんなに会いたかったから、わ
たしは精一杯戦ったんだって言いたかったから、がんばって泳いだのです。

43 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:05 ID:e0dy1LF2
 浮力を頼りに海面の方向を探しました。真っ暗で本当に怖かったです。
 海面に出ると、そこには駆逐艦の残骸ばかりで何もありませんでした。雪が降っていて、とて
も寒かったです。
 U2601を探したのですが見つからなくて、無事にキールに戻っていることを祈りながら、
わたしはドクトルに教えてもらった通り、シェトランド諸島を目指して泳ぎました。手の感覚が
無くなりそうになるくらい寒かったのです。
 僅かに太陽が出たので、それで方角を確かめて南へ向うことができました。

 シェトランド諸島に到着すると、わたしはもう動くことさえできないくらい疲れていました。
 倒れて動けないでいるわたしを助けてくれたのは漁師でした。わたしに食べ物と暖かいベッド
をくれたのです。とても優しい人で嬉しかったです。
 ドイツ語もポーランド語も通じませんでしたが、それでも知ってる限りの英語でお礼を言いま
した。
 わたしは一晩だけそこに泊まりました。少しでも早くキールに戻りたかったからです。
 スコットランド行きの船に乗り込んで、グレートブリテン島に渡り、ほとんど歩きでロンドン
まで行きました。お金を持っていなかったのです。
 ロンドンに到着するころには年が明けてしまってました。
 そこからドーバーへ行き、何とかしてカレーに渡りたかったのですが、連合軍の監視が厳しく
てなかなか渡れずにいました。
 お金にも食べ物にも言葉にも困っているわたしを助けてくれたのは、わたしと同じユダヤ人で
ドイツ語が通じる人でした。
 わたしはその人の家でメイドとして働きながら、カレーに渡るチャンスを待ちました。
 でも、チャンスが来たのは戦争が終わった後でした。
 やっとドイツに戻ったのに、わたしには行く場所がありませんでした。ヒトラー総統は亡くな
っていて、シュペーアは連合軍に拘束されていたのです。
 クリーグスマリーネは……、無くなってました。

「それで寂しくて、ヨアヒムの実家がシュヴァーベンということだけは憶えていて、どうしても
会いたくなったのでここに来たのです」
「そうだったのか……、さぞや苦労しただろう」

44 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:05 ID:e0dy1LF2
「ナイン。ヨアヒムに会えたのでとても嬉しいのです」
「行く場所が無いって言ってたな。これからどうするんだ? いや……、どうしたいんだい?」
「家族が欲しいのです。わたしの家族はクリーグスマリーネですが、もう無くなってしまったの
です。……わたしには、何も残ってないのです」
「エリー……、確かにクリーグスマリーネは無くなったが、その絆は無くなったわけではない。
私は全て失ったと悲観していたが、君が来てくれて思い出したよ。
 U2601の仲間は今でも家族だ。私にもエリーにもまだ家族があるんだ」
「ヤー、ヨアヒムもU2601の仲間も皆、クリーグスマリーネの絆で結ばれた家族です」
「ドクトルは親衛隊だったから拘束されて裁判を受けることになるが、そう悪いことにはならな
いだろう。アルトマンはハンブルクで復興事業に携わっている。エリクやイェンスも元気にして
いる。
 エリー、寂しくなったら皆に会いに行けばいい。きっと皆、私のように君の訪問を喜んでくれ
るだろう」
「ヤー……、ヨアヒム。……皆無事で、本当に良かった」
 エリーの声は次第に嗚咽交じりのものになっていった。
「もう寂しくないし、怖くもないだろう? 相変わらず泣き虫だな」
「ごめんなさい……、皆に会えると思うと嬉しくて……」
 エリーはようやく念願叶って、プリーンにしがみついて泣くことができた。
 そんなエリーを、プリーンは優しく撫でた。それはまるで本物の親子の再会のようだった。

 エリーはミュンヘンでメイドとして雇われ、時折暇を貰ってはU2601の仲間に会いに行っ
た。
 ミュンヘンでは彼女が対艦兵器ワルキューレだと知られることは無かった。
 エリーが本当の家族を持つのは遠く無い未来の話である。

  (完)

45 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:12 ID:e0dy1LF2
お題に沿って書いてたら三万字を超えてしまいましたのでこちらの投稿しました
読んで下さった方々に感謝します
お題貰って、この路線しか無いだろ?って神が私に言いました
草稿を書いた後、友人(ライトノベルしか読まない人)に見せ、
説明不足なところや分かり難いところなどを指摘してもらい大幅に改稿しましたが
それでも至らないところがあるかも知れません
登場人物と用語の解説を貼りますので、どうかご容赦ください

最後にお題消化に一週間以上掛けてしまったことをお詫びします

46 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:13 ID:e0dy1LF2
 登場人物(架空)
エリー          対艦兵器「ワルキューレ」の少女
プリーン         U2601の艦長 歴戦のUボートエース
カール          U2601の船医 親衛隊大尉
アルトマン        U2601の副長
エリク          U2601のソナー担当の下士官
イェンス         U2601の魚雷室担当の下士官
ジェリー         OSSの諜報官

 登場人物(実在)
アドルフ・ヒトラー    総統
アルベルト・シュペーア  軍需相
カール・デーニッツ    海軍元帥
ヨーゼフ・メンゲレ    アウシュヴィッツの主任医師
ジョン・フォン・ノイマン マンハッタン計画に参加した数学者

47 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:13 ID:e0dy1LF2
 解説
ワルキューレ       英語読みはヴァルキリー 北欧神話の女神
親衛隊(SS)      ヒトラー護衛のための組織 肥大化し軍隊然となった
バイエルン        南ドイツの州 州都はミュンヘン
ベルヒデスガーデン    南ドイツの観光地 ヒトラーの別荘があった
ヤー、ヤボール      YESと同義 はい、了解、同意などの意味がある
ナイン          NOと同義 いいえ、否認などの意味がある
37mm対戦車砲     別称「ドアノッカー」 対戦車砲ではあるが威力が低い
T−34         ソ連の戦車 傾斜した前面装甲が特徴
MP40         短機関銃 ドイツ軍に多く配備されていた武器
シュツルムマイト     英語読みはストームメイデン「疾風乙女」
フューラー        総統 マインフューラーは「我が総統」
ビスマルク        ビスマルク級戦艦一番艦 北大西洋に沈没
ナルヴィク海戦      ドイツのノルウェー侵攻作戦において起きたイギリスとの海戦
ティルピッツ       ビスマルク級戦艦二番艦 ノルウェーで爆撃により着底
通商破壊作戦       敵国の商船を攻撃し輸送を滞らせる作戦
Uボート         ドイツの潜水艦 通商破壊に活躍
ウルフパック       群狼作戦 ドイツの通商破壊作戦のことを指す
アウシュヴィッツ     ポーランドにあった強制収容所
88mmPak      88mm戦車砲 初速が速い
Bf109        ドイツの代表的な戦闘機 様々なバリエーションがある
シュレスヴィッヒ     北ドイツの州、ユトラント半島の付け根にある
キール          ドイツの軍港 ユトラント半島を貫く運河がある
ヒトラーユーゲント    ヒトラー青年団 イデオロギー教育のために設立された
XXI型Uボート     海中行動を主目的として開発されたUボート
クリーグスマリーネ    一九三五年から一九四五年までのドイツ海軍の呼び名
エニグマ暗号機      ロータ式暗号機 大戦末期にはほとんど解読されていた
ハノーファー       北ドイツの主要都市の一つ 大戦では街の三分の二が焼失
ロスアラモス国立研究所  マンハッタン計画が進められた研究所 著名な研究者が多く在籍
シェトランド諸島     スコットランドの北にある群島

48 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:14 ID:e0dy1LF2
ワルシャワゲットー    多くのユダヤ人を押し込めたユダヤ人隔離街
533mmG7e魚雷   ドイツの磁気誘導魚雷 不発が多い
ゲシュタポ        ドイツの秘密警察
フレッチャー級駆逐艦   アメリカ海軍の大型駆逐艦 改装が施され長く使われた
ヘッジホッグ       小型爆雷を一度の大量に投下する爆雷投射機を持つ多連装爆雷
パンツァーシュレック   対戦車バズーカ
FG42         自動小銃 生産数は少なく、降下猟兵に配備された
ルガーP08       自動拳銃 制式拳銃はワルサーP38に取って代わられた
RPzB54       対戦車バズーカ 形成炸薬弾をロケット推進で発射する
OSS          アメリカ合衆国戦略諜報局 CIAの前身
M2ブローニング     重機関銃 古くから使われている信頼性の高い銃
機械化歩兵        装甲車に乗り戦車に随行する歩兵 決してロボット少女ではない
マンハッタン計画     原子爆弾を作る計画
エセックス級空母     アメリカ海軍最大の空母 大量の艦載機を運用できる
ラインの守り作戦     1944年末から始まった反攻作戦 映画「バルジ大作戦」で有名
ファットマン       長崎型原爆
リトルボーイ       広島型原爆
シュヴァーベン      バイエルン州の西部、ドイツアルプスがあり自然が美しい
ドーバー         ドーバー海峡のイギリス側
カレー          ドーバー海峡のフランス側
ハンブルク        北ドイツの大都市 空襲で壊滅的破壊を受けた

49 名前: 4dU066pdho 投稿日:2007/02/27(火) 20:15 ID:e0dy1LF2
出されたお題は必ず消化しますので
これからもどうぞよろしくお願いします
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